「体験学習を通じた一年次教育ーー武蔵野女子大学現代社会学部の事例」 潮木守一
武蔵野女子大学は長年にわたって、文学部と短大の2つの学部しか持っていなかった。文学部、家政学部、短大。これは一頃までの女子大の3点セットのようなものだった。どうせ女性は結婚して家庭に入るのだから、それまで文学部か家政学部か短大で勉強していればよい。こうした女性観が、3点セット型女子大を支えてきた。それでけっこう経営が成り立ち、受験生も集まった。
ところが今から20年ほど前から女子の進路選択が大きく変化し始めた。女子だから女子大に進学し、文学か家政をならって、花嫁修業をすればよいという伝統的な女性観、女子教育観に、若い女性達が「ノー」と異議申し立てを始めた。その具体的な行動が、女子学生の文学部忌避、家政学部忌避、短大忌避である。短大はみるみる受験生を減らし、やがてそれは文学部、家政学部に波及した。それと裏腹の関係で伸びたのが、女子学生の社会科学系学部への進学である。1967年当時、4年制大学の在籍する女子のうち、47%が人文系の学部に在籍していたが、1996年になると32%に減り、そのかわり社会科学系学部の在籍者はわずか6%から27%へと、目覚しい増加を遂げた。
武蔵野女子大学から社会科学系の学部を新設したいので、力を貸してほしいと頼まれたのは、平成8年のことである。2年間の準備期間をへて、平成10年4月に開学となった。名称は「現代社会学部」となった。法学部、経済学部のような伝統型学部ではできない要素を盛り込むためである。まず第一に、これからは激動の時代である。知識はどんどん古くなる時代である。たとえどのような職業についても、自立した女性として活動するには、生涯にわたって学習を続けなければならない。そこで、法学、経済、政治、社会、経営などのどこかに特化するのではなく、それらの基礎を教えることに力点を置くこととした。第二には、これからは情報化社会の時代である。現在の大学生が社会的活動期を迎える頃には、職業生活、社会生活、家庭生活のすべての分野にコンピュータが浸透しているはずである。そうだとすれば、情報教育を重視しなければならない。そこで新入生全員にパソコンの購入を義務付け、メールのアカウントを配り、情報教育を必修とした。第三にこれからは、なんといっても英語でのコミュニケーションができなければ、活動分野が大きく制約される時代である。少しでも広い活動範囲で活動する女性を育成するとしたら、話し、聞く英語を重視しなければならない。このように新設の現代社会学部のカリキュラムは、(1)社会科学の基礎教育、(2)情報教育、(3)生きた英語教育の3本柱で組み立てることとなった。
この3本柱のほかに、カリキュラム上に表れない4番目の柱を用意しておいた。これが「体験学習」という柱である。今の若い世代を、一日中教室のなかに閉じ込めておくのは無理がある。身体的にもたないというだけでなく、学習のスタイルとしても不自然である。教室のなかで何かを学んだら、それを実際場面で活用し、体験を通じてさらに学習を深める、こういう機会がどうしても必要である。「行動しながら学ぶ」という発想である。具体的な例をあげれば、教室のなかで、「地球温暖化の原因は大気中の二酸化炭素の増加で、それを減らすには、緑を増やさなければならない」と教わるとする。しかし、それが単なる一つの知識として伝えられるだけでは意味がない。この知識を一人一人の身体のなかに、何がしかの具体的な体験として刻みこむにはどうしたらよいのか。
こうした問題意識から始まったのが、フィリピンでの植林活動である。夏休み期間中、希望者を募って、フィリピンで植林活動にでかけた。多くの学生にとっては、海外にでるのが、これがはじめてである。事前の講義ではフィリピンの熱帯雨林がなぜ消滅したのか、その当時のフィリピン経済・政治情勢、フィリピンをとりまく国際関係などの事前情報を教えておく。しかしこれでは「普段の講義」と変わりなく、インパクトにならない。そこでフィリピンに出かけ、現場に立たせる。現地に出かけてみると、意外にも緑は青々と繁り、ヤシの木陰に民家が点在する「豊かな自然」が我々を迎えてくれる。これでどうしてフィリピンの山が禿山だというのだろうという疑問が沸くはずである。
問題はヤシ並木の間を縫うようにして流れる川にある。「あの川を見てごらん。何か気づかない」。「いいえ、べつに」。「川の水の色をみてごらん。何色をしているだろう」「?」、「黄色く濁っているのに気づかない。あれは、はるか上流で森林が伐採され、あたりが禿山になり、雨が降ると、土砂が川に流れ込み、その濁った水がここまで流れてきているのだよ」。すでにフィリピンでも学校の先生が、川の水ははじめから黄色く濁っているものと思い込んでいる。はるか昔は、澄んだ水が流れていたことが、彼等の記憶から急速に消え去ろうとしている。
町から数時間かけて植林の現場にでかける。苗木を植えるために、まずバールで穴を開けるのだが、フィリピンの大地は意外に固い。1本の苗木を植えるのに結構時間がかかる。植林活動はフィリピンの小学生達と並んで、2人ペアで植えてゆく。そうなると、何も言葉を交わさず、黙りこくって作業するわけにはいかない。どうしても、ごく簡単な会話を交わすことになる。共通語は英語しかない。日本人大学生にとっては、一対一で英語で話をするのは、ほとんどはじめての経験である。はじめは見当がつかず困っていた者も、フィリピン小学生に、住所を書いてくれ、名前を書いてくれとせがまれているうちに慣れてくる。ごくわずかな単語を並べただけで話が通じたという経験は、日本人学生には大きな感動となり、もっと英語が話せるようになりたいという動機付けになることであろう。
つり橋を渡ってたどりついた山の中の小学校では、こういうことがあった。日本人学生が日本から手紙を出すから、住所を書いてくれとフィリピン小学生に頼んだところ「住所なんかないよ」という返事が返ってきた。それはかなりの山奥で、住民達はふだんバガボ語を話している。小学生は学校へ入ってはじめて「公用語」である「タガログ語」と「英語」を学ぶことになる。それは彼等にとっては、はじめて耳にする「外国語」である。電気のきていないこの地域に住む彼等には、タガログ語に接するのも、英語に接するのも、学校のなかだけである。山奥深く住んでいる彼等が外部と手紙のやり取りをすることが、年間どれほどあるのだろう。住所などというものは、彼等の生活にはかかわりがない。
こうしたショックが日本人学生にとっては、勉強のきっかけになる。「多言語社会」、「多文化社会」といった用語は、何かの講義で耳にしたことだろう。しかし講義の中で聴いている限り、それは遥か遠い国の話でしかない。しかし、目の前に立っているフィリピンの子供が、小学生になったとたんに、母語とはまったく異なったタガログ語と英語を学ばねばならない事実のなかに、「多言語社会」「多文化社会」というものの実態を、具体的な体験をともなって認識したはずである。
現代の学習は、あまりにも「書かれた文字」に依存しすぎているのではなかろうか。「文字として書かれたテキスト」が頭のなかに記憶され、収納されると、それだけで学習が成立したような気になってしまう。「二酸化炭素の削減には植林が必要である」。これだけの命題だったら、コンピュータの方がはるかに正確に記憶できる。これだけの命題だったら、わざわざ大教室に大量の学生を集め、無理やり机に座らせ、教師が大声を張り上げて伝える必要はない。インターネットを使えば、好きな時間に、自由に引き出せる。あらゆる情報がデジタル情報として蓄積可能となった現在、今や必要となったのは、それらの情報を一人一人の学習者が、その当人固有の「体験」を通じて身体の中に「暗黙知」、「個人知」として刻み込むことなのではなかろうか。
「二酸化炭素の削減には植林が必要である」。こういう情報はコンピュータの中に書き込まれ蓄積されているデジタル情報と同じである。しかし、自分はごくわずかとはいえ、大地に苗木を植え、二酸化炭素削減の活動に参加したのだという「身体体験」は、一生涯消え去ることはない。フィリピンの大地が意外に固かったこと、自然がたくさん残っているように見えても、自然破壊の報いが、さまざまな形で頭をのぞかせていたという「網膜映像」とともに心の中に生き続け、その人の人生に何がしかの意味を持ち続けることだろう。コンピュータが大量の情報を蓄積できるようになった時代、人間がしなければならないのは、知識を身体化させることである。何がしかの具体的な体験を媒介にして、「生きた知識」に組替えることである。
植林ボランティア参加者は、帰国後、学園祭で展示を行い、熱帯雨林消滅の状態、植林活動の様子を発表した。学外から多くの見学者があったが、そのなかの一人は会場に用意しておいた感想ノートに次のようなメッセージを書き残してくれた。
「皆さんの植えた木が早く大きく成長するといいですね。皆さんの出会ったフィリピンの子供達が元気に成長するといいですね。そして皆さんも健やかな女性に成長してください」。
シルバーパソコン体験教室の試み
先に述べたように、現代社会学部では情報教育を重視している。ただ我々が狙っているのは、パソコン操作を教えることではない。むしろ、パソコン操作を身に付けることで、これまでにはできなかった新たな社会的活動ができるようになることを体験させることである。1997年ノーベル平和賞が、世界的規模で地雷禁止運動を展開させたジョディー・ウイリアムさんに授与された。彼女はある新聞社の主催するシンポジウムで、これはインターネットの勝利だと語った。はじめ彼女とその同志は、ファックスで世界各地の同士と連絡をとっていたが、やがて朝から晩までファックスを送信しなければ追いついていけない状態に陥った。その時、教えられたのがイーメールである。ファックスからイーメールに切り換えることによって、国境を越えた連絡が飛躍的に容易になった。まさにこのノーベル平和賞は、インターネット時代が生み出したノーベル平和賞である。こうした事例が端的に示すように、これからは職業生活、市民生活、家庭生活、さまざまな場面で、パソコン、インターネットが活躍する時代が到来しようとしている。
それでは、大学生にこの時代の大変動をどう「体験」させるか。こうした発想のなかから登場したのが「シルバーパソコン体験教室」という企画である。大学周辺に住む60歳以上の方々を対象にし、ふだん体験する機会の少ないパソコンに実際に触って貰おうという企画である。40名ほどのシルバー受講者を対象に、まず専門のインストラクターの指導にしたがって、パソコンのスイッチの入れ方から体験してもらう。この場合重要なのは、インストラクターの口頭の指示だけでは、シルバー受講者にはなかなか理解できないということである。どうしても、一人一人の手を取って、具体的に「ここ」と指で指しながら教えてくれるアシスタントが必要である。そこで「学生ボランティア」を募集した。そしてシルバー受講者2名当たりに1名の学生ボランティアにつけ、手をとり、足を取ってのガイドをしてもらった。一年前にはパソコンのパの字も知らなかった学生である。
この行事は好評を博し、終了後も次回はいつ開催されるのかという問い合わせが続いた。この体験教室でもっとも多くを学んだのはシルバー受講生自身よりも、むしろボランティア学生だった。まさに「教えることが、最大の学習になる」。それよりももっと大切なことは、「自分は今や他人に感謝されるスキルを学習しているのだ」、「世の中に役に立つスキルを学習しているのだ」、「だんだん自分は他人から期待される人間に成長しつつあるのだ」という充実感であった。これはとかく目標を見失いがちな学生時代にとっては意味がきわめて大きい。現在、多くの大学生は「こんなことを勉強して、どんな役に立つのか」という疑問を、常に腹の底に抱えながら、大学に通っている。そういう状況の中で「他人に感謝される人間に成長しつつある」という感覚はきわめて大きな意義を持っている。
しかし、このような「体験学習」はいくつかの課題を抱えている。(1)まずこのような「体験学習」は、準備段階、実行段階とも、手間がかかり時間がかかる。よほど「物好きな」教師がいなければ、長続きしない。(2)それと、参加できる学生の数は限られている。全員にこのような体験を提供することは、物理的に不可能である。(3)それよりももっと根深い問題として、こういうタイプの経験学習は、もしかしたら「女子大」には合わないのかもしれない。「女子大」には、何か事故がおきたら誰が責任を取るのかという目に見えない圧力が張り巡らされている。大学は授業だけしていればよいので、授業が終わったら、さっさと家に帰らせてしまうに限る。余計なことをして、もしも学生に事故がおきたら、誰が責任をとるのか。筆者は女子大に勤務するのが、これがはじめてだが、うかつにも最近になるまで、この「女子大体質」がわからなかった。ただこの「女子大体質」がどのようなメカニズムを通じて再生産されているのか、それを明らかにするには、もう少し時間がかかる。いずれ、こういう背景も含めて「体験学習」の可能性と限界を、あらためて議論する機会があればと思っている。
注:植林活動、シルバーパソコン教室の記録はすべて筆者のホームページに載っている。http://www.musashino-wu.ac.jp/ushiogi/index.html