転換点に立つ教育社会学――日本からの視点――(日本教育社会学会編「教育社会学研究」第78集。2006年5月)
今回の特集テーマのキーワードは「転換点」である。7つの国・地域からの寄稿を依頼し、それぞれの社会と教育がいかなる転換点に立っているか、そこでの教育社会学研究がいかなる転換点に立っているのか、を論じてもらっている。筆者に課された課題は、これらの海外からの論文に目を通し、それをもとに日本の教育社会学がいかなる転換点に立っているかを論じることである。
7つの論文を通読して、まず痛感したことは、国・地域こそ異なれ、どこの国の教育社会学者も、きわめて共通した課題に直面しているという点である。これらの論文に通じるキーワードを取り出すと、「グローバリゼイション」、「ポストモダン」、「脱工業化」、「シンボル労働の増加」、「教育の市場化」、「選択肢の拡大」、「自己責任」、「公共性の衰弱」、「平等のなかの格差拡大」などである。あらためて、第二次世界大戦後、教育社会学が誕生した時点でのテーマとは、質の異なったテーマに、異なったアプローチが、主流になっていることを痛感させられる。
しかし、誕生期に埋め込まれたDNA(もしくは幼児期体験)はきわめて強力で、約50年たった現時点においてさえ、確実に生きている。そのDNAとは、いずれの国の教育社会学者もともに、時代環境の変化、社会状況の変化にきわめて敏感で、さまざまな変化の背後に潜む本質を取り出し、それを言語化し、図式化し、ビジュアライズし、理解することに、貪欲なまでに積極的だということである。そこで本論文では、次の5つのテーマに絞ることとする。「ポストモダン段階における教育」、「市場化する教育」、「平等状態での両極分解」、「ポストモダン社会での自己責任」、「危機回避手段としての教育」である。
(ポストモダン段階における教育)
まず取り上げるのは、「ポストモダン段階における教育」である。ポストモダンの時代とは、脱工業化の時代であり、たとえていえば、「額に汗して働く工場労働者・事務労働者」が激減し、それに代わって、コード・記号・シンボルを処理し操作するシンボル労働者・記号労働者・感情労働者が社会の主流を占めるに至った時代である。脱工業化とは、国境を越えた金融グローバリゼイションの結果、先進国にあった生産拠点が海外に流出し、その結果、一人当たりGDPは上昇したものの、雇用機会は激減し、大量失業者が発生した時代である。それはまた、労働生産性の顕著な上昇の結果、大量に発生した総自由時間が、もっぱら若年世代に向けて集中的に配分された結果、中等教育・高等教育が急激な量的拡大を遂げるとともに、労働から開放(もしくは隔離)された青年期が出現し、若年失業者が増加し、青年期が延長し、若者と成人との境界線があいまいになった時代である。しかもこうした変化が、短期間に相互連鎖的に進行した点に特徴がある。
近代国民国家は国民教育という、国民国家に適合した教育システムを作り出し、近代工業社会に適合した能力の開発に成功した。ところが、いまや国民国家という枠組みそのものが溶解する兆しを見せ、人々は国民としてではなく、あるいは工業社会の一員としてではなく、グローバル化したウェッブ経済のなかに、生存基盤を見出さねばならなくなっている。もしかしたら、国家とか、社会といった、これまでの保護機構への依存を捨てて、丸裸の個人として、自らの生存を賭けて新たな能力開発を行わねばならないのかもしれない。いったいこの転換期に、教育のシステム(ハードウェア)、教育の中身(ソフトウェア)がどのような転換を遂げようとしているのか、これを問うことが「ポストモダン期における教育」の課題である。
まずシンガポールからの寄稿者は、教育社会学者の研究関心がカリキュラム研究に向かっていると報告している。シンガポールにとっての最大関心事は、ウェッブ経済・記号経済の中を生き抜くことができる人材育成にある。シンガポールは改めて説明するまでもなく、天然資源が少なく、しかし人的資源に恵まれた都市国家である。この国が生き延びる道は、世界の交易拠点、金融拠点、情報拠点となって、その地位を確立することである。インターネットの出現、ウェッブ経済の登場によって、国土の面積、天然資源の有無は、もはや制約条件でなくなった。ここでは国家、社会、個人の存続を賭けた、新たな時代環境にレリバントな能力開発が着手されようとしている。
もしかしたらシンガポールこそ、もっとも先端的な形で、情報分析労働者、シンボル・アナリスト、記号経済を担う記号労働者が登場する社会なのかもしれない。そしてポストモダン型の能力開発、そのためのシステム開発が、もっとも先駆的な形で展開される国なのかもしれない。さらには本格的な「グローバル・メリトクラシー」が最初に展開される舞台なのかもしれない。
この「グローバル・メリトクラシー」とは、岩木秀夫の造語であるが、その意味は地位、所得、権力を求めての競争相手が、もはや一国内に限られることなく(=このタイプの競争を、岩木は「一国内能力主義」(ナショナル・メリトクラシー)と名づけている)、国境を越えて広がった状態をさしている(岩木、2003.p.8)。すでにライシュは、グローバル経済・ウェッブ経済の登場とともに、金融、財務、経営、市場調査、広告などのように、記号、情報、シンボル、コードなどを扱う「シンボル・アナリスト」(ライシュの造語)が出現し、彼等は国境を越えた、グローバルな世界で活躍するようになることを予見していた(ライシュ、1991、pp.237-270)。
ところで問題の焦点は、ポストモダン社会に求められる人間能力とは、具体的にどのようなものかという点にある。この点に関して、これまでさまざまな人々が、その特徴を特定する試みを展開してきたが、最近、本田由紀は「ハイパー・メリトクラシー」なる新造語を使って、その内容を特定しようとした(本田,2005,pp20-27)。まず本田は「近代型能力」と「ポスト近代型能力」の対照的な特徴を、下表のようなキーワードを使って説明している(本田、2005、pp.22-25)。そしてこのポスト近代型能力を基準に社会的地位が決定される社会システムを「ハイパー・メリトクラシー」と定義している。
|
「近代型能力」 |
「ポスト近代型能力」 |
|
基礎学力 |
生きる力 |
|
標準性 |
多様性・新奇性 |
|
知識量・知的操作の速度 |
意欲・創造性 |
|
共通尺度での比較可能 |
個別性・個性 |
|
順応性 |
能動性 |
|
協調性、同質性 |
ネットワーク形成力・向省力 |
出典:本田。2005年 22頁
要するにポスト近代社会で支配的になった労働の形態とは、対人関係を取り結びながら、言語を武器として、シンボルを操りながら、説得力を駆使しながら、合意を形成してゆく労働である。いうまでもなく、ビジネスとは交渉相手との合意を形成する過程である。
前近代社会の農民は、田畑に一人立ち、黙々と額に汗して働くことによって、農民たることができた。工業社会の工場労働者もまた、一人機械の前に立ち、額に汗しながら、黙々とマニュアル通りに働くことによって、工場労働者たることができた。しかしポスト近代社会の労働者は、大地・機械に面するのではなく、生身の他人(=顧客)に対面しながら、言語、シンボル、記号を交換し合う労働者となった。つまり、農民・工場労働者は口を閉ざす労働者であったが、ポストモダンの労働者は口を開く労働者となった。寡黙な農民・工場労働者とは違って、饒舌であることを求められ、説得力、コミュニケーション能力、相手の感情を敏感に察知する能力を求められることとなった。「顧客の前に汗まみれの格好で現れ、黙りこくったままの証券セールスマン」など、パロディー以外の何ものでもない。
ポスト近代社会では、人々は大なり小なりサービス労働者、感情労働者、シンボル労働者となる。他人と対面する時、人は自分のすべてをさらけ出す。そこでは言葉ばかりでなく、その語り口、表情、容貌、人柄、風格、説得力、気迫、身のこなし、すべてがさらけ出される。本田はそれを「むき出しのメリトクラシー」と表現し、「人間存在の全体・深部」にまで及ぶ労働と表現した(本田,2005,p.21)。渋谷望は「個人の実存や生」の投入を必要とする労働と表現した(渋谷,2003,p.39)。
しかし、筆者ならば「人間存在の全体・深部」、「個人の実存・生」という言葉ではなく、「仮面」、「ペルソナ」と表現したことだろう。人間社会を、人々が仮面をつけて踊る舞台に喩えた思想家は多い。気に入らない仮面はいくらでも替えられる。汚れたペルソナは、捨てればよい。それはいくらでも交換可能である。仮面であるならば、全人格まで冒される恐れはない。
ただ、あまりにも頻繁に仮面を替えているうちに、「本当の自分」を忘れてしまったギリシャ神話の人物「プロテウス」の物語、それをヒントとしてロバート・リフトンが描き出した「プロテウス型パーソナリティー」の例があるが(リフトン,1971)、今は論じる場ではなかろう。
(ポストモダン型能力の開発方法)
問題は、いったいいかなる方法でポスト近代型能力を育成できるのかである。「一人部屋に閉じこもり、ねじりはちまきをして、受験勉強に没頭する受験生」とは、前近代社会での農民、近代社会での工場労働者と同型の人間類型である。しかし、その学習スタイルは「コミュニケーション能力」、「説得力」、「交渉能力」、「協調性」、「ネットワーク形成力」、「さわやかさ」を求めるポスト近代型能力とは、およそかけ離れている。
この問題をめぐるシャープな対立が浮かび上がるのが、経済人と大学人とのシンポジウムである。経済人は日本の大学教育は「役に立たない」という。こつこつ「がり勉」をやってきた人間では、もう用が足りないという。そしていまや必要なのは、「コミュニケーション能力」、「説得力」、「交渉能力」、「協調性」、「ネットワーク形成能力」、「さわやかさ」であり、日本の大学はそれを育てていないと批判する。問題はその能力はどうしたら育成できるかである。
シンガポールが大学前期課程に導入した「教科の枠を越えたプロジェクト活動」(IPW)は、いかにしてウェッブ経済、記号経済にレリバントな能力を開発するかという課題に対する一つの試みあろう。これは単にシンガポールだけの課題でなく、ポストモダン社会共通の課題である。そこでは、学校、教科、教室、教科書、教師といったフォーディズムが作り出した枠組みそのものの問い直しが進むことであろう。ライシュは「今世紀半ばまでのアメリカの中等教育も高等教育も、大量生産システムを反映していた。子供達は、あたかも工場のベルト・コンベアに乗っているかのように、あらかじめ定められた順序で、標準教科をこなし、一学年ずつ階段を昇っていった」と、教育場面に浸透したフォーディズムの光景を描写した(ライシュ、1991,p.81)。近代社会が終焉した以上、こうした教育におけるフォーディズムの見直しが不可欠であろう。ただ、誰にもその先がまだよく見えていない。
一例を「コミュニケーション能力」にとってみよう。それは、いったいどうやって育成が可能なのだろうか。この能力育成こそ、現在の大学教育に欠けている最重要な能力だと、繰り返し経済界から非難されている能力である。まさに大学カリキュラム改革上の一大争点である。一つの教室に、一人の教師と、数百人の学生を閉じ込め、「コミュニケーション論」を講義すれば、コミュニケーション能力が身につくといったものではないことは明白である。
つまりこの例一つとってみても、教室、教師、学生、時間割といった、これまでの枠組みを越えた場面設定が必要となるのだろう。もしかしたら、「教育」という枠組みそのものを解きほぐし、「脱学校化」ならぬ「脱教育化」を図らねばならないのかも知れない。あるいは、エデュテイメント(education + entertainmentの合成語)というコンセプトを取り入れなければ、開発できないのかもしれない。
最近のパソコン・ゲームのなかには、エデュテイメントのコンセプトで作られたものがあり、楽しみながら学習ができるという。パソコン相手にできることなら、生身の人間同士でゲームをしながら、楽しく学習できるのだろう。パソコン・ゲームをしながら成長した世代こそ、その感性と知性と経験を発揮して、将来に向けての展望を開くべきであろう。
(市場化する教育)
次に取り上げるテーマは、「市場化する教育」というテーマである。ここでは「自由に学校を選べるようにしましょう」対「皆で協働してよい地域社会の学校を作りましょう」の対立、「自由に学校を選べるのは幻想で、選ぶには情報が必要で、ふつうの人にはそれほど質の高い情報は手に入りませんよ」、「選べるのは結構なことだが、学校選択に失敗したら、責任はすべて親にかかりますよ」、「自分の好みに合った個性的な学校を選んでも、学校の上には監査機関があって、学校の成果を監視しているから、やがては個性的だった学校も個性をなくし、管理の厳しい学校になりますよ」などなどのテーマが問題となる。
アメリカからの寄稿者は、新自由主義の立場からなされる教育分野への市場原理の導入が、一見消費者の選択を拡大させるかのように見えながら、実質的には選択範囲を狭める結果となるとしている。また一見、それは規制緩和、分権化の方向を向きながら、実質的には規制強化、新しい集権化をもたらすと分析している。また選択肢の拡大は、個人の選択範囲の拡大を保障しながらも、むしろそれは「自己責任」を求め、システムの欠陥を選択した当人の責任に押しつけ、システム改善に向けてのエネルギーを阻止する結果となると論じている。
ただ、このテーマは議論の対象を特定しておかないと、混乱する恐れがある。初等教育を論じるのか、中等教育を論じるのか、それとも高等教育を論じるのかで、議論が異なってくる。そこでまず義務教育に対象を限定して、検討を進めることとしよう。
義務教育段階から、親・子どもに学校を選択する自由を認めるべきだとする議論は、日本でもかなり以前からあった。欧米では都市環境が悪化するにつれて、公立学校のゲットー化が進み、住民の公立学校への信頼は急速に低下した。荒れた公立学校からの住民の脱出が続出するにつれて、公立学校の建て直しを求める声が高まり、その結果、義務教育段階での学校選択が実験された。一つ一つの公立学校に特色を持たせ、住民に学校選択権を与えるなどの構想は、こうした背景のなかから生まれた。
これに比較すると、日本では依然として公立学校への信頼が高く(しかし再吟味は必要)、親・子供に学校選択権を与えよという声は、それほど高まらない。これはおそらく日本の都市の安全性が高く、学校内の安全性が保たれていること、長年にわたって公共サービスに対する信頼が、欧米ほどには揺らぐことがなかったこと、それよりもなによりも「安定した親」(=後述)がまだいる、という事実が関係している。
しかしこの日本でも規制緩和、消費者による選択、分権化などのスローガンのもとに、地域限定的ではあるが、義務教育段階での学校選択制が試行されてきた。こうした試みに対して、日本の教育社会学者の多くは反対の立場に立った。
たとえば、志水宏吉は「公立地域学校」(学区を越えて、選んで通う学校ではなく、従来通り定めた通学区内に、すべての子どもが通う学校)の必要性を説き、「地域社会」への期待を語り、「学区」や「教育コミュニティー」への期待を語っている(志水、2005,p.189)。その発想の根底にあるのは、「学区」、「教育コミュニティー」で行われる人々による「協働」(コラボレーション)への信頼である。「学校と地域が協働して子どもの発達や教育のことを考え、具体的な活動を展開してゆく仕組みや運動」という池田寛の説明を、志水は引用している。
こうした「通学区制義務教育」への信頼は、藤田英典の場合も同様で、藤田は「教育の公共性」(とくに義務教育の公共性)の必要性を説き、「公立学校を「民主主義的応答性を備えた」組織にしてゆく努力を放棄するならば、そのときは、日本の教育と社会の未来は差別的で歪んだものになってゆくであろう」と警告している(藤田、2005,p.81)。
これらの論者は共通して、地域社会を拠点とした住民による協働(コラボレーション)が重要であること、それを通じて人々の総意に立った地域共同の学校が作れること、それが草の根の民主主義を育てあげる重要な基盤になること、こうした論理に基づいている。
だがその反面、地域住民によるコラボレーションを成り立たせることが、いかに困難で面倒か、いかに時間とエネルギーがかかり、心理的負荷の重い作業なのか、場合によっては、新しいタイプの格差を作り出す危険性があることを指摘する見方もある。たとえば広田照幸の論がそれである(広田,2002,)。それぞれ趣味も考え方も生き方も違った人間が、互いに意見を出し合いながら「樅の木の下の民主主義」を実現しようとしても、結局のところ発言力を握るのは、会議に出席するだけの時間とエネルギーを持ち、他人との意見対立を厭わないグループに限られる。それを好まない人間は、会議には参加しなくなる。参加しなければ、その意見が反映されることはない。結局、そういう人々は公立学校区から離脱して、自分の考え方に合った学校を、外部に探すことになる。
筆者の見る限り、地域単位の協働(コラボレーション)が困難になった背景は、ポストモダン社会の登場と、それにともなう人々のライフ・スタイルの変化が関係している。その変化とは、余暇生活の登場、価値多元主義の登場、それと「安定した親」(=後述)の消滅である。余暇はポストモダンの社会では「余った時間」ではなく、生活必需品となった。場合によっては、地域のコラボレーション活動への参加よりも、「生活の質の向上」のためには、より必要で、価値が高くなった。これが地域単位のコラボレーションが困難となった原因の一つである。
さらにその傾向を押し進めたのが、「価値多元主義」の登場であり、それぞれの価値を追及する者同士は、相互に干渉し合わないという暗黙の了解が出来上がった(個人化・個性化)。地域コラボレーションの会議に参加する人は、それがその人のライフ・スタイル。それに参加しないのも、それもライフ・スタイル。「お互いにとやかく他人の行動に干渉することはやめましょう」というルールが登場することになる(地域的連帯の衰弱)。
さらにまた、「安定した親」の消滅が、地域コラボレーションを溶解させた。子供の気持ちを代弁し、自分の教育方針を主張する「安定した親」の消滅もまた、ポストモダン社会の産物である。ポストモダン以前の社会では親であることは、逃れようのない宿命だった。その立場を放棄することは、厳しい社会的指弾の対象となった。ところがポストモダン社会では、パートナーを選ぶ自由も選ばない自由も当たり前となり、親になるかならないかも、選択できるようになった。その結果、親は自由な選択肢を獲得したが、その子供は学校を選んでくれる親を失い、自分の気持ちを代弁してくれる親を失った。地域単位のコラボレーションは、こうした「安定した親」の存在を前提としていたが、ポストモダン社会の成立とともに、その前提が崩れ出した。
このように、ポストモダンの社会では、地域単位のコラボレーションが成立する基盤が、ますます脆弱化しているように見える。こうした状況変化を視野に入れながら、藤田、志水、広田の論点を詰める作業がまだ残されている。
(平等状態での両極分解)
地域単位での協働コラボレーションも容易ではないのに、そのなかを社会的分断(=階級的分断)の原因となった縦割り中等教育を、国家的規模で解消する壮大な実験を行ったのが、ヨーロッパ諸国であった。過去50年ほどのヨーロッパは、社会的統合、階級的統合を達成するための一大実験場となった。イギリスはさまざまな紆余曲折を経ながら、かつての階級制度の反映そのものであった縦割り型中等教育を総合制中等学校へと切り替えた。
ドイツもまた階級的な縦割り中等教育制度を持っていた点では、イギリスと同様であった。ここでも「総合制中等学校」を目指す実験が10数年間にわたって実施された。しかしこの実験の結果は、公式には公表されることなく、実験打ち切りが宣告された。ドイツではいまだに依然として縦割り中等教育を維持している。
そのかわり、ドイツではかつての「袋小路」は解消された。どのタイプの中等学校へ進学しても、大学へ行きたくなれば、その道が開かれている。あるいは逆に普通高校へいっても、大学ではなく職業訓練を受けたくなれば、そちらのコースに変わることができる。つまりキャリア形成の「個人化・個性化」が実現され、生徒は思い思いのキャリアを、自分で選択設計できるようになった。これをドイツからの寄稿者は「DIY−バイオグラフィー」と呼んでいる。「各自思い思いのキャリアを設計できますよ」ということであろう。
このようにイギリスとドイツでは、同じ問題に対して異なった解決方法をとったが、両者に共通する点は、教育システムのソフト化であり、個人対応性・個性対応性の向上、教育システム上の障壁撤廃であった。その結果、いかなる家庭の出身者であっても、どの中等学校へ進学しても、若者は対等平等なスタートラインが切れるようになった。
こうした中等教育改革の原動力となったのは、ポストモダン社会への構造変化であった。モダン社会を支配した社会構造は、士農工商ならぬ官農工商で、この4大分野のどこかへ、若者を割り当てることが、中等教育、とくに後期中等教育の課題であった。しかも、この官農工商の間には序列があり、生徒・学生は当然のことながら、少しでも有利なコースを選択しようとする。どれだけの者がどの列に並ぶのか、事前には予測できない。たとえ予測ができても、学校というシステムには、固定した校舎・施設があり、それぞれの担当教科を持った教員がおり、その多くが身分を保障された公務員である。教育システムとは、状況変化に対応することがきわめて難しい、重くて硬いハードウェアである。
こうしたシステムを運営するためには、官農工商のコースごとに定員枠を設け、学力検査という客観的な基準に従って、一つ一つの枠内に生徒を押し込めるしかない。しかも官農工商の構成比が、ポストモダン社会へ移行するなかで、急速に変化した。「急速に」という意味は、要するに一人の公務員の勤務年限よりもはるかに短い期間内で、ということである。
さらにまた、官農工商の構成比変化もさることながら、こうした職業分類それ自体が、実情に合わなくなった。農工は縮小もしくは消滅し、官商もまたかつての官商とは異なったものとなった。ライシュが、官農工商に代わる職業分類として、「ルーティン生産サービス」、「対人サービス」、「シンボル分析サービス」の3種類を提案したのは1991年のことだったが、すでにそれ以前から、モダン社会の主要職業分類に基づいた後期中等教育のコース分けが、社会的適応性を失し、生徒の選択とも適合しなくなっていた。
さらにその上、教育内容(ソフトウェア)そのものの組み直しが必要となった。いまや旧来型の教科枠に分類された知識内容ではなく、教科横断型の「コミュニケーション能力」、「説得力」、「交渉能力」、「協調性」、「ネットワーク形成力」、「さわやかさ」といったポストモダン型能力の育成が要請されるようになった。
しかし、学校にはそれぞれの教科を担当する教員がおり、その教員は生涯にわたって特定教科を教えることを前提に養成され、キャリアを積んできている。職業生活の中途で、教える内容を変えることは、摩擦・抵抗なしにできることではない。ましてやポストモダン社会が求める「コミュニケーション能力」、「説得力」、「交渉能力」、「協調性」、「ネットワーク形成力」、「さわやかさ」などの能力育成は、目的的な養成訓練を受けてきたわけではなく、経験があるわけではない。
だが、これは中等教育だけの問題ではない。今やこれとまったく同じ問題が、それ以上の厳しさをもって、大学教育という戦場で戦わされている(この点は後でまた触れる)。
要するに、カリキュラム改革には、教育システムを作り上げている基本的な構成要素(教科、教師、時間割、教室など)のモード転換が必要である。前ポストモダンの教育システムがもつ硬直性を、いかにして弾力的なものに切り替えられるかに、その成否がかっている。
本題に戻ろう。ここでのテーマは、ヨーロッパでの中等教育改革である。ヨーロッパ諸国は過去50年間をかけて、ソフト化し、柔軟にし、個人対応性を高めることに成功した。いまやヨーロッパ諸国は、誰でも高校までは進学できるシステムを作り上げた。そればかりでなく、大学もまた経済的負担を気にすることなく、進学できるようになった。
ところが、これだけ教育条件を平等化し、生徒の希望に対応できるシステムを作り上げたのに、今度は新たな格差が生じ、社会対立が生じることになった。その新たな格差とは何か、社会対立とは何か。それが「平等状態のなかの両極分解」のテーマである。
(サルコジ内相と暴徒の対立)
2005年11月中旬、きわめて象徴的な事件がフランスを舞台に展開された。大都市郊外に住む若年失業者(多くが移民家庭出身者、そして高校中退者)の暴動がそれである。暴動そのものよりも、怒れる若者とサルコジ内務大臣との対立のほうが、はるかに事件性に富み、時代を象徴している。サルコジ内相は暴徒に向かって「社会のくず」と呼び、「ならずもの」とも呼んだ。このことがさらに火に油を注ぐ結果となった。
サルコジ内相はその名前から推測されるように、怒れる若者と同様、移民家庭の出身者である(ハンガリー出身)。高校を卒業し、大学に進学し、政治学の修士号(D.E.A)を取得後、弁護士資格を獲得して、弁護士を経て政治家となった人物である(フランス内務省のホームページでの記述。2005年12月15日現在)。「同じ移民出身であっても、きちんとやれば、いくらでも安定した地位を築けるではないか。それをやりもしないで、腹いせに、自動車に火をつけるお前たちは、社会のくずだ」。おそらくサルコジ内相の内面にあったのは、こういう心理だったのだろう。
つまり、1960、70年代には、「親の理解がなかったから」「家が貧しかったから」といった言い訳が通用した。しかし、生徒当人の選択を大幅に受け入れるソフト化した中等教育システムのもとでは、もはやそうした言い訳は通用しなくなった。国家・社会は、じゅうぶん生徒個人の希望に応じる仕組みを用意してある。残る問題は、当人がやる気があるかどうかである。それこそ、文字通り逃げも隠れもできない生徒本人の裸の姿が曝け出される。このフランスの事件は、教育機会の平等化に成功したポストモダン社会での両極分解現象、教育システムが完成度を高めれば高めるほど、生徒当人のやる気・能力・意欲が曝け出される「やりきれなさ」「不快感」「反感」を表現しているのではなかろうか。これは、けっしてフランスだけの問題ではない。ポストモダン社会が共通に抱える課題である。
(ポストモダン社会での自己責任)
多くの論者はいずれも、ポストモダンの社会を、次のような二つのプレイヤーで構成された世界として描いている。一方にあるのは、自由な選択、幅広い機会の提供主としての政治社会システム(=国家・政府)。反対の極にあるのが、その選択・機会の利用者・消費者としての親や生徒・学生。問題はこの両者の間に、どのような関係が成立するかである。多くの論調の深層部には、「多様な選択肢、自由な選択」という表看板の裏側にはりついた自己責任論に対する不信・疑惑がわだかまっている。「ここまで手厚くサービスを提供しているのだから、それ以上はもう面倒は見れませんよ、もし失敗したら、それは利用者であるあなたの責任ですよ」という「強い個人」を前提とする「自己責任論」である(桜井。1998)。それぞれの論者は、ポストモダン社会のたどり着いた「自由で多様な選択が可能な社会」を描き出しながらも、その深部に潜む黒い塊のようなネガティブな側面にも目を向けている。
論者達が抉り出そうとする「暗黒の塊」は必ずしも同じではないが、大きくまとめれば、次のようになる。
1.教育システムが完成度を高めれば高めるほど、個々の生徒・学生のやる気・能力・積極性・計画性の格差が、露わにされる不快感(被疑者シンドローム仮説)
2.教育分野への市場原理の導入は、これまで社会的連帯と能動的な民主主義に支えられてきた非市場分野(教育・福祉・医療など、人々の相互連帯性の上に成り立ってきた分野)の破壊を招く。(社会的連帯破壊仮説)
3.選択肢は増加したが、選択に必要な情報へのアクセスに格差があり、すべての人々が公平にアクセスできるわけではない(情報格差仮説)。
4.シンボル労働が増えれば増えるほど、ふだんからシンボル操作に慣れている層とか、その子供が有利になり、そこに新たなタイプの格差が発生する(文化資本仮説)。
5.いくら門戸を幅広く公平に開いていても、学校(大学)内には、不平等な結果を作り出す目に見えない装置が埋め込まれている(システム欠陥仮説)。
6.自由に学校を選択できるようになると、一つの学校には同じ家庭環境の子供だけが集り、仲間の影響力を受けやすい子供の発達に、さらに大きな社会格差が生じる(ピア効果仮説)。
7.学校選択が可能となると、親や生徒はさまざまな情報を集め、判断しなければならなくなるが、すべての親や生徒が自信をもって選択できるわけではない(強いとは限らない個人仮説)
8.選択に失敗すると、システムの責任は問われず、選んだ親・生徒にすべての責任がかぶせられる(たとえば、重要な情報を見落したり、忙しい、面倒だからといって、細かい字で書かれた、長い書類を読まなかった時の失敗責任)(自己責任仮説)
9.いくら障壁を低くしても、依然として結果としての格差が生まれる(不公平結果仮説)。
こうしたポストモダン社会の深部に潜む暗黒の塊りを並べてみると、不快感、不安感、不平感、リスク、危険というキーワードが浮かんでくる(ベック、1998)。親・生徒の選択肢は増えたのは結構。しかし果たして適切な選択ができるのかという不安感。選び間違った時、すべての責任が自分達に負いかぶさってくるという不安感。あるいは、すべての若者にチャンスは平等に開かれているが、かえってそれだけに、当人の意欲・能力、積極性、計画性といった個人の内面までが、ますます露わにされてしまう不快感、やりきれなさ(サルコジ内相と高校中退の失業青年との対立を思い出してもらいたい)。
これらの言説の背後には、不安感、反感、不満、不平といった感情が張り付いている。そこでこの際、こうした感情的な要素をいっさい排除して、計算合理的な次元で整理してみると、要するにこれらはポストモダン社会での「リスク管理」をどうするかという問題であり、国家と個人の間でリスク管理について、どのような契約を結ぶかという問題に帰着する。本来ならば、ここで「家族」という、前ポストモダン社会での最大のリスク・ショック・アブソーバーを登場させる必要があろうが、いまさらそれは季節遅れというものであろう。終身雇用制の崩壊とともに、「終身結婚制」も崩壊し、親としてであれ、子供としてであれ、夫としてであれ、妻としてであれ、いまや家族はリスク・ショック・アブソーバーどころが、リスクの源泉そのものとなろうとしている。
これまで人々は、「国家という名の偉大なる父親」の庇護のもとで、「揺り篭から墓場まで」安心して生活できる社会を求めてきた。それはいうなれば、保険つきの安心できる、リスクフリーな社会であった。しかしその反面、市民はそのために巨額の負担を強いられ、巨大な公的機構を維持しなければならなかった。その「大きな政府」がいかに官僚制化し、画一化し、モラル・ハザードを引き起こし、福祉水準を低下させたかは、サッチャー首相が打倒を目指したイギリス型高度社会保障国家を思い起こせばじゅうぶんであろう。
それでは、それに換わりうる国家像とは何か、社会像とは何なのか。「第三の道」は言葉だけは早々と姿を見せたが、その具体的な輪郭がなかなか見えてこない(ギデンズ,1999)。その間にどんどん個人リスクだけは増加してゆく。そのリスクをどうやって回避したらよいのか。
家族も頼りにならず、そうかといって、かつての「国家という名の偉大なる父親」も、もう余計なことをやるのは御免とばかり、「引きこもり状態」になろうとしている現在、裸の個人はどこにセイフティー・ネットを求めたらよいのだろうか。結局は個人自身がリスク・マネジメントの管理責任者になるしかない。
(危機回避手段としての教育)
こうした文脈のなかで考えてみると、「教育」もまた、いまや別の定義が必要となる。(これ以降の部分では、初等・中等教育ではなく、高校卒業以降の教育を念頭にいれている。今後は労働→学習→労働→学習というリカレント化が避けられなくなるとの前提に立っている。ちなみに日本の高等教育機関進学者の90%は19歳未満だが、ヨーロッパでは28歳以上が20%を占める。アメリカの大学院生の57%は30歳以上である)[1]。つまり中等教育以降の教育は、不確かな将来に向けてのリスク回避の手段という観点から、消費者から評価され、選択されることになる。
個人は、ポストモダン社会で生きてゆく以上、「ハイパー・メリトクラシー」に適合した能力を身に着け、我が身を防御しなければならない。電脳空間、ビジネス空間、記号空間、英語空間(=後述)というポストモダンの空間のなかを、「自立した個人」として生き抜くためには、それに耐えるだけの能力が必要である。ほとんどの成人が、自分が現在持っている知識・技能・スキルが、やがては使いものにならなくなることを、自覚している。
そうした段階に入るとともに、個人の自分自身をみつめる目(=個人の自己観)も変わってくる。いまや必要なのは、我が身を投資の対象に見立てて、現在保有している能力の耐用年数を見計らい、まだ残されたエネルギー・時間・寿命・資金を計算しながら、今後需要の高まりそうなポストモダン型能力を習得するために、自分自身に向けて投資をする、そういう個人である。その時、個人は「自己という名の経営体」の経営者に変身する。
経営にはリスクが付き物である。たとえ何かの知識・技術を身に着けても、その有効期間がどれほどか、だれにもわからない。おそらく諸々の投資のなかでも、教育投資ほど危険度の高い投資はないのだろう。
そこから生じるリスクを回避するとすれば、保険機構に頼るしかない。そうした需要が高まれば、ビジネスとしてこの種の保険会社を立ち上げる者がでてくるだろう(官から民へ。民にできることは、民でやる)。しかしその保険会社も永遠不滅ではなく、破産する危険性、消費者を裏切る危険性をいつも抱えている。それが不安だというのであれば、さらに保険会社の保険会社(メタ保険会社)と契約するしかない。それでも不安であれば、より上位のメタ・メタ保険会社と契約することになる。いったいその時、個人はどれだけの保険料を負担することになるのだろうか。「国家という名の偉大なる父親」に上納してきた税金と比較して、どちらが「お値打ち」なのだろうか。
ポストモダンの社会では、個人は「甲羅を剥がされた蟹」のように、丸裸の個人として、リスクに満ちた社会のなかを、生きながらえねばばらない。そのためには、どのタイミングで投資を行い(learning)、どのタイミングで投資の回収を図るのか(earning)、どのような教育プログラムに参加して、どのような能力を身に着ければよいのか、こうした計画書を作らねばならない。
他方、教育サービスの提供者側は(大学はその一部)、顧客にとって魅力的なカリキュラムとは何か、投資に価する学習プログラムは何か、どのようなタイミング計画、資金計画ならば、じゅうぶんな顧客層をひきつけられるのか、こうした企画書を練らねばならない。顧客層の投資意欲をそそるプログラムを立ち上げるには、どのようなキャリアを持った教員層を集めたらよいのか、前ポストモダン社会が作り出した教員像を前提とするのか、それとも弾力的な教員キャリアを前提とするのか、もろもろの企画立案が必要である。そのなかで、これまでの大学が提供してきたプログラムが評価にかけられ(教育社会学もその対象になる)、大学という存在そのものが検証にかけられることになる。
(おわりに)
この論文では、海外からの寄稿をもとに、そして最近日本の教育社会学分野で発表された論考をもとに、今後どのような検討課題に立ち向かうべきか、筆者なりのアイディアを述べてみた。まだまだ検討すべき課題が残されている。
筆者の仮説はこうである。いま我々の眼前に四つの空間が開かれている。第一はデジタル情報の行きかう「電脳空間」であり、第二はすべてを売買・取引で決済する「ビジネス空間」であり、そして第三は、すべての事象が記号として発信され、受信される「記号空間」であり、第四にいまや国際語となった英語の支配する「英語空間」である。国民国家は個人に向かって国民であることを強制したが、ポストモダンの国家は個人に何かを要求することはしない。むしろ個人が自発的に積極的に自主的に、電脳空間、ビジネス空間、記号空間、英語空間に適応し、そのなかを生き残るための能力を身に着け、自衛の道を模索することを求めている。
このことを考えると、日本の教育社会学者の前には、解くべき課題が多く横たわっている。これは教育社会学研究者にとってチャンスであるとともに危機でもある。人々は教育社会学者がいかなる解答を出すか、固唾を呑んで見守っている。人々の期待に応えられなかった時、人々は失望とともに、教育社会学という学問分野を見限ることだろう。危機の兆候はすでにいくつかの形で見えている。
教育社会学者は、時たま外部からかかってくる注文に、その都度応じながら「フリーター生活」を続けるのか、あるいは大学という組織に寄生しながら、細々と「パラサイト生活」を送るのか、あるいは「僕のことは、誰も判ってくれはしない」と「引きこもり生活」に閉じこもるのか、あるいは顕微鏡で探しても見つからないほどの小宇宙に閉じこもり、そのなかでの独り勝ちに満足するのか、さまざまな危機の兆候が見えている。ポストモダン社会が作り出した「電脳空間」、「ビジネス空間」、「記号空間」、「英語空間」に晒されているのは、個人だけではない。学問それ自体である。(終)
参考文献
岩木秀夫、2004、「ゆとり教育から個性浪費社会へ」、ちくま新書
ギデンズ・アンソニー、1999、「第三の道―効率と公正の新たな同盟」、日本経済新聞社。
桜井哲夫、1998、「<自己責任>とは何か」、講談社現代新書
渋谷望、2003、「魂の労働」、青土社
志水宏吉、2005、「学力を育てる」、岩波新書
広田照幸、2002、「PTA・地域の教育論再考」。広田編「(理想の家族)はどこにあるのか」教育開発研究所。
藤田英典、2005、「義務教育を問い直す」ちくま新書
ウルリヒ・ベック、1998、「危険社会」、法政大学出版局
本田由紀、2005、「多元化する能力と日本社会」、NTT出版
ロバート・B・ライシュ、1991、「ザ・ワーク・オブ・ネイションズー21世紀資本主義のイメージ」ダイヤモンド社 81頁
ロバート・リフトン、1971、「誰が生き残るのかープロテウス的人間」、誠信書房
[1] OECD: Education at Glance.2003、 Table C2.1. Entry rates to tertiary education and age distribution of new entrants (2001),
National Center for Educational Statistics: Digest of Educational Statistics 2004, Table 174. Total fall enrollment in degree-granting institutions, by level, sex, age, and attendance status of student: 2001