「情報のグローバリゼイションとそのインパクト」
ーー学習のグローバリゼイションの事例をもとにーー
潮木守一(武蔵野女子大学)
(はじめに)
我々、教育社会学者はこれまで、世代を超えた「知」の再生産過程に多くの関心を寄せてきた。ある世代から次の世代に向けて、どのようにして知の所産が伝えられ、その知がいかにその世代の内部で再構成・再生産されながら、さらにまた次の世代へと伝達されてゆくのか、このプロセスの解明が教育社会学の中心課題とされてきた。とくに知的生産物を伝達するコミュニケーション・ツールが変化することによって、この知の再生産過程がどのように変化するのか、これは歴代の教育社会学者にとっては、挑戦的な研究課題として、多くの関心を集めてきた。人類がまだ文字をもたず、先の世代から次の世代に向けて、口伝えによってしか「知」を伝えられなかった「口承文化」の段階から、文字を持つことによって成立した「文字文化」への転換、さらに印刷術の登場によって切り開かれた書物の大量生産、それを基盤とする「書物文化」への転換、さらには映画、ラジオ、テレビ、ビデオの登場によってもたらされた「聴覚文化」「視覚文化」への転換、さらには近年におけるインターネットの登場によってもたらされた情報のグローバルな規模での双方向型のコミュニケーションの成立、こうしたコミュニケーション・ツールの変化のなかで、知の再生産過程そのものがいかなるインパクトを受け、どのように変化するのか、これは教育社会学者にとっては、知的好奇心をそそってやまない、きわめて刺激的なテーマであった。
人類はこれまで幾度かにわたるコミュニケーション・ツールの地殻変動的な革命を体験してきたが、こうした革命的変化に関心を集めた先達達が共通して指摘した点は、それらが単なるコミュニケーション・ツールの技術的変化にとどまらず、知の再生産過程の変化を引き起こし、ひいては知の内容そのものの変化をもたらすという把握であった。かつてデイヴィッド・リースマンは「口承文化」から「文字文化」への変容が単なる知識の普及の規模を拡大させたばかりでなく、我々の知的活動そのものをいかに変えたかを明らかにし、グーテンベルグ革命によって引き起こされた「印刷文化」の登場が、いかにして西欧における宗教革命へとリンクしたかを論じた。近年の例をあげれば、ロジェ・シャルティエは、その一連の研究を通じて、書物市場の登場、それにともなう読書行為の成立が、人々の精神世界をいかに変えていったかを解明しようとした。彼はいう。「印刷術のおかげで、近くにいることを必要としない公共性の形成が、そして目にみえるかたちで存在しない共同体の形成が可能となった」(
Chartier 訳書 1994 49頁)。彼が、1933年に刊行されたダニエル・モルネの『フランス革命の知的起源』によって、考えられる解答がすべて述べ尽くされているにもかかわらず、あえて1991年という時点で『フランス革命の文化的起源』を刊行したのは、書物、出版、読書という行為、これらの「知的行為」のパターン変化のなかに、歴史のダイナミズムを位置づけようとしたからである。このように我々の先達たちはいずれも、知的生産物を伝えるコミュニケーション・ツールの変化を、単なる技術上の変化とは理解しなかった。それが人間の知的活動そのものにインパクトを及ぼし、さらには知的生産過程を変容させ、ひいては「知」の内容そのものに変容をもたらすだけのインパクトを秘めているものとして理解しようとした。もし我々が、これらの知的遺産を忠実に継承しようとするならば、我々の眼前には今や、とうてい無視したり、看過することのできない革命が進行している。現在、我々の眼前で展開されているインターネットの登場、地球規模でのデジタル情報の流通は、「グーテンベルク革命」を超えるインパクトを秘めたコミュニケーション革命であり、それは「ポスト・グーテンベルク革命」と呼ぶにふさわしい革命である。
本論文のねらいは、インターネットの登場が、我々の知的生産過程に対していかなるインパクトを与えているか、我々の教育・学習過程にいかなるインパクトを与えているのか、この点を検討することにある(検討の対象は、単に学校内で展開される教育・学習過程に狭く限定される必要はない。むしろ学校という制度の枠を超えて、活字文化、書籍文化、映像文化、音響文化など、さまざまなコミュニケーション・ネットワークのなかで展開される「知」の生産過程、再生産過程が検討の対象とされるべきである)。とくに本誌の今回の特集テーマは「グローバリゼイション」であり、さまざまな論者がそれぞれの観点から「グローバリゼイション」を論じるのであろうから、本論ではそのなかでも「学習のグローバリゼイション」をとりあげ、この観点からインターネットの知的再生産過程に及ぼすインパクトを吟味することとしたい。
(学習のグローバリゼイション)
まず最初に明らかにしておかなければならない点は、筆者がいう「学習のグローバリゼイション」の具体的な意味である。筆者がどのような意味で「学習のグローバリゼイション」という言葉をつかっているのか、まずはそれを説明しておこう。そのためには、一つの実例を挙げるのが便利であろう。その実例とは、
ThinkQuest という国際プロジェクトである。果たしてどれだけの範囲の人々の間で知られているのか不明であるが、現在、中・高校生を対象とした一つの国際的なプロジェクトが進められている。このプロジェクトを見ていると、いまや「学習の国際化」あるいは「学習のグローバリゼイション」が着実に進みつつあることを実感できる。その具体的な姿は、筆者があれこれ言葉を使って説明するよりも、読者が直接自分の目で実物を確かめるのが、もっとも適切である。しかし、そうはいってもこの論文を「紙の上で読んでいる読者」には、残念ながら、すぐこの場で確かめることはできない。後ほど、インターネットに接続しているパソコンを利用して、http://www.thinkquest.gr.jpか http://www.thinkquest.orgにアクセスしてもらうほかない。それに引き換え、この文章をオンライン上で読んでいる読者は、
ここをクリックすることによって、問題のウェッブ・サイトに即座に飛ぶことができる。この1点をもってしても、我々の知的活動がいかに「グーテンベルグ革命」の産物に拘束されているのか、認識すべきであろう。「グーテンベルグ革命」が、人間の知的活動に対していかに大きな革命をもたらしたことは争う余地のない事実ではある。しかしそれとても今となっては、我々の知的活動にとって、一種の制約条件と化するような新たな情報環境、知的交流環境が登場しようとしている。筆者がこの小論のきっかけとして取り上げようとしている
ThinkQuestについて、もう少し説明をしておきたい。これは世界中の12歳から19歳までの中・高校生が、2,3名のティームをつくり、コーチの指導を受けながら、一つのテーマについて共同研究を行い、その成果をホームページ上で発表し合うプロジェクトである。このティームは必ずしも同じ学校に通っている者同士である必要はない。いやそれどころか同じ国に住んでいる者同士である必要もない。むしろ、異なった学校に通っている者、異なった国に住んでいる者同士でティームを組むことが推奨されている。このように、場合によっては国境を越えて編成された中・高校生のティームが、インターネットを活用して、一つのウェッブページを完成させ、その出来具合を競い合うのが、このコンテストの趣旨である。主催者(Advanced Network & Services, Inc というアメリカの民間企業)は、このコンテストの目的を、こう説明している。「
ThinkQuest は世界中の生徒に、自分自身にとって役に立つ Webページ (それはまた他の生徒達にとっても役立つものであり、来るべき21世紀への備えとなるもの) を作ることを推し進める教育プログラムです。ThinkQuest は単なる Webコンテストの枠を越えて、新しい学習法そして教授法のモデルになると考えています。」(http://www.thinkquest.org/tqic/tqic_rules.shtml)この短い主旨説明のなかに、問題の焦点がすでにいくつか含まれている。まずは「学習のグローバリゼイション」、「学習資源の共有化」がどのように進行しているのか、この問題から検討することとしよう。
中・高校生達の共同研究といえば、ふつうは同じクラスの者同士か、同じ学校の生徒同士であろう。複数の学校の間で、学校の垣根を超えて共同して何かをすることは、中・高校生にはむつかしい。しかしこのコンテストが狙っているのは、学校を超えた共同研究ばかりでなく、国境を超えた共同研究であり、共同学習である。現に
1997年度の最優秀賞に選ばれた「地球が空と触れる場所:ヒマラヤ山脈」(http://www.thinkquest.org/library/10131.html)を見てみると、このウェッブページを制作したのは、インド生まれで、現在は西アフリカに住んでいる16歳の少年、オランダ人の17歳の青年、18歳のアメリカ青年の3名のティームである。つまり、あえて参加者の「国籍」を問うならば、3ヶ国にまたがっている。さらに1998年度の受賞作品のいくつかを開いてみると、まず「学際部門」の最優秀賞を獲得した「オンライン火山」(http://www.thinkquest.org/library/17457.html)を制作したのは、オランダ、アメリカ、シンガポールのティームである。同じく「学際部門」で第三位に入賞した「死:人間の寿命を支配するもの」(http://www.thinkquest.org/library/16665.html)を制作したのは、オーストラリア、アメリカ、オランダのティーム、「社会科学部門」で第三位に選ばれた「ニカラガ:その歴史、文化、政治、経済」(http://www.thinkquest.org/library/17749.html)を制作したティームは、ニカラガ在住のアメリカ人高校生と日本在住の日本人中学生のティームである。つまり、ここでは「学習のグローバリゼイション」が着実に進行している。こうした国境を越えた共同学習が可能となった背景には、いくつかの学習環境・学習条件の変化があった。まず第一に、国境を超え、遠くに住む中・高校生が相互に、相談を交わすことができたのは、いうまでもなくインターンットのお陰である。どういうコンセプトでどういう内容のウェッブサイトを作るか、どういうサブテーマを立て、どうやってそれに関係する情報を集めるか、その相談をしたのは、イーメール上でのことである。まず試作品を作って、あれこれ感想を述べ合い、修正を加えていったのもイーメール。まさにインターネット時代ならでは不可能な「グロ−バル化した共同学習」の成果というべきであろう。
第二の学習環境の変化は、「いまや英語が事実上の国際語となった」という言語環境の変化であろう。
ThinkQuestの目的は、「英語で書かれたウェッブサイトの作成」と明確に定義されている。つまりはじめからウェッブサイトそのものを英語で書くことが求められており、したがってこれら参加した中・高校生が相互のコミュニケーションに使用したのは英語である。もちろん、こうしたあり方に対しては「英語帝国主義の一つの現れ」という批判がないわけではなかろう。しかし、世界の中・高校生が国境を超えて対話を交わすとしたら、事実問題として、英語以外にはないという現実を率直に認めるほかない。だから、いくら「学習のグローバリゼイション」といっても、すべての国の中・高校生が参加できるわけではない。参加ティームの国籍を眺めていると、自ずとある種の「目に見えない言語文化圏地図」のようなものが浮かび上がってくる。しかし、ものは考えようで、このように英語さえマスターすれば、国境を超えた共同学習が可能になるという体験は、中・高校生の英語学習に対するインセンティブを高める効果をもつであろう。つまり「学習のグローバリゼイション」は、その反面では「英語のグローバリゼイション」を促進する役割を果たしていることになろう。
さらに注目すべきことは、こうした「国際共同研究」が単にその時だけのイベントに終わらず、その成果がきちんと蓄積され、いつでも容易に活用できるようにシステムが組まれているという点である。昔から生徒達に一つのテーマを調べさせる「調べる学習」は数多くあった。しかし多くの場合、生徒の調べた結果は、発表会というイベントが済めば忘れ去られるか、処分される運命にあった。一部の熱心な先生が犠牲的精神を発揮して印刷物に纏め上げることもあったが、それとても、ごく少数の関係者に配布されるだけで、やがては忘却のかなたに消え去る運命にあった。
ところがインターネットの登場は、こうした環境を大きく変えた。生徒達は自分達の研究成果をほとんど費用をかけずに全世界に向けて、広く発信できるようになった。優れた作品であれば、多くの人々によって貴重な情報源として活用され、広く全世界の学校で教材として保存・蓄積され、活用される道が開かれたのである。まさに主催者のいうように、「生徒達が作っているのは、自分自身に役立つばかりでなく、他の生徒達にも役立ち、さらには来るべき21世紀への準備にもなる情報の集積物」なのである。
たとえば、
1997年度の最優秀作品である「ヒマラヤ山脈」を見てみると、ヒマラヤの山とそこに住む人々の生活の紹介、ヒマラヤ山脈ができあがった地理学的な説明、ヒマラヤに生えている植物やそこに住む動物類の紹介、登山コースの説明、さらにはヒマラヤで起きている環境問題など、ヒマラヤ山脈についての多面的な解説が載っている。ちょうどそれはいいかえれば「ヒマラヤ百科事典」といってもよかろう。しかし、それは普通の意味での百科事典ではない。普通の百科事典は専門の編集者が専門的な知識をもとに、専門的な立場からみて、遺漏のないように項目を選び、執筆者には専門家を選び、その専門家がこれまで自分が蓄積してきた知識をもとに、さらに最近の研究成果を踏まえながらまとめてゆくことになる。しかし、この「ヒマラヤ百科事典」の出発点は、中・高校生達の頭のなかで浮かび上がった疑問であり、知的好奇心である。そうした疑問、知的好奇心を満たすという目標のもとに、さまざまな知識、情報が収集されてゆく。だから、同世代の中・高校生にとっては、いわば「自分達の目線」で書かれた百科事典ということになる。そして最後の方には、このウェッブサイトを読んで、どれだけの知識が身についたか、読者が自分でテストできるように、クイズが載っている。そのクイズを解けば、自分のヒマラヤの理解度を判定することができる。
(学習資源の創造と知識創造過程)
以上が、
ThinkQuestの概要であるが、こう書くとあるいは読者のなかには、それならば昔からよくある「課題研究」「自主研究」のウェッブ版にすぎないではないか、大して新味はないではないかという感想を抱く人がいるかもしれない。こういう感想が生まれるのは、ある意味では当然なことで、その背後には、「生徒の自主的な課題研究」というものが、多くの場合、何かの本の引き写しに堕しがちだという、長年の苦い体験があるためであろう。つまり「自主研究」といっても、生徒が既存の知識をあちこちの文献から寄せ集めてきて、それを機械的に羅列しただけもので、そこには創造的な要素、主体的な要素が含まれていない場合が多いためである。しかし、あえて筆者がここで提起するのは、そもそも我々は新しい知識をどういう過程をたどって獲得するのか、それをどうやって内面化してゆくのか、その原点に立ち返って考え直してみる必要があると考えるからである。この問題を検討するために、ここで筆者は、野中郁次郎の提案する「知識創造の4つのプロセス・モデル」を取り上げることとしたい(野中 1996)。野中のこの理論は、企業の内部でいかにして知識が生産され、いかに再構成され、いかにして組織内での意志決定に活用されてゆくのかを、分析した結果をもとに構成された理論である。その意味でこの理論が形成された直接の現場は、企業組織であるが、この理論は学校、大学、官庁、NGO、およそ知識を生産し、それを加工し、それを意志決定につなげて行く作業を日常的に行っている組織にじゅうぶんに適用することができる。そこでまず、野中理論がどういう論理で組み立てられているのか、その概要をまとめておこう。
この理論のベースとなっているのは、知識を創造するのはあくまでも個人であるが、その個人は他者から切り離されて孤立して存在するのではなく、他人と意見交換をしたり、他者からの批判にさらされたり、励ましをうけたり、議論をしたりしている、組織あるいはコミュニティのなかにいる個人だという点である。つまりそこに前提されているのは、没我の瞑想にふけったり、森の木立のなかで一人思索にふけっている「孤独な哲学者」ではない。あくまでも他者との頻繁な交渉を交わしながら、ともに行動しながら、そうした経験を通じて、自分の頭のなかに、ある知識を創造してゆく共同生活者としての個人である。
第二にこの知識創造理論で前提とされているのは、知識といっても体系化され、組織化され、確定した知識だけが知識創造の過程で重要な役割を演じるのではなく、我々の内面にあって、じゅうぶん言葉にならない状態にある知識(野中はマイクル・ポランニーにならって、これを「暗黙知」と名づけている)が、知識創造の過程では大きな意味をもっていることを強調している点である。マイクル・ポランニーの「暗黙知」が刊行されたのは、
1956年のことであるが、それ以来、我々の知識観には大きな変化が生じた。それまで、我々の世界では、高度に秩序付けられ、正確な言語、数式、論理で表現され、あいまいな記述を含まない、その意味でエラボレイトされた知識(ポランニーの用語では「形式知」)に、もっぱら関心が集中してきた。しかし、これに対してポランニーが提起したのは、我々の内面にあって、じゅうぶん言語化されない、あいまいで、他者への伝達さえおぼつかない「暗黙知」の存在であり、それが我々の知的生産に果たす生産的な役割であった。(同様な指摘は、マイケル・ギボンズによっても指摘されている)(ギボンズ 1997 55頁)。以上の2つが野中理論の大きな前提であるが、それでは我々の知識創造の具体的なプロセスはどのようなステップをたどりながら展開してゆくのであろうか。我々が一定の組織、コミュニティのなかで、他者とコミュニケートしながら、いかにして知識を創造してゆくか、そのプロセスを野中は「4つ知識変換モード」で説明している。その前に野中はまず「情報」と「知識」を分け、「情報は単なるメッセージの流れ」であるのに対して、「知識はそれをもつ人の信念やコミットメント(主体的関与)に深く根ざしている」ものとする。また「情報は知識を引き出したり組み立てたりするのに必要な媒介や素材」であるが、「知識は思索や行動を通じて自分のものになっている(内面化されている)情報」のことだと定義している。そしてさらに「知識」を、「形式知」と「暗黙知」に分け、前者は「形式的・論理的な言語で表現することができ、ドキュメントやコンピュータで処理したり、伝達したり、蓄積することができる」のに対して、後者は「経験の反復によって内面化された個人的な知識で、形式化したり、伝達することが困難な知識であり、行動、コミットメント、理想、感情といったものに深く根ざしているので、暗黙知をもっている当人と直接深く関わり合い、そこに”棲み込む
indwell”することを必要としている」としている(野中 1999 53頁)。それでは新たな知識はどのようなプロセスを通じて、創造されるのであろうか。野中が説くのは、共同化(
Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)という4つのスパイラル段階からなる、SECIモデルである。まず最初の段階は、ある個人の暗黙知を別の個人が共体験などを通じて「共同化」する段階、個人の暗黙知を対話などを通じてグループ・レベルの形式知として共有してゆく「表出化」の段階、グループ・レベルで共有された形式知を既存の形式知と組み合わせることによって、組織レベルの新たな形式知を創造する「連結化」の段階、共同化、表出化、連結化を通じて創造された知識を行動を通じて自己の暗黙知として取り込む「内面化」の段階、以上の4つの段階をたどる。要するにある個人の内面に発生する「暗黙知」が契機となり、グループ内、組織内でのコミュニケーションを通じて、それが「形式知」へと変形され、その「形式知」がふたたび別の個人の中側へ「暗黙知」として内面化されてゆく。こうした「暗黙知」→「形式知」→「暗黙知」というスパイラル的な展開が、野中氏のSECI理論の要点である。この理論は、この小論で取り上げているインターネットを使った生徒達の共同学習過程を理解する上で有効である。まず第一に、このウェッブサイト制作は、生徒達のだれかが思い至った疑問から出発する。「ヒマラヤはどうしてできたのか?」、「そこに住む人々はどんな生活をしているのか?」、「ヒマラヤにはどんな動物が住み、どんな植物が生えているのか?」。こうした疑問がきっかけとなって、同様な疑問・関心を抱くティームが形成される。そのティームはなにも同じ学校、同じクラス、同じ地域に住む者である必要はない。イーメールを使うことによって、学校の垣根を越え、さらには国境を超えたティームが構成されることはじゅうぶんありうる。この段階は野中理論によれば、いうまでもなく「共同化」の段階である。各人の内面にある漠然とした暗黙知がもととなって、それが共有化・分有化される段階が、これに当たるからである。
こうした「共同化」の次にくる第2段階の「表出化」の段階では、各人が漠然と抱いている個別の暗黙知が相互に交換され、それが相互交流を通じて、そのティーム・レベルでの形式知が作り出される。この段階では、テーマについてのグループ単位の一応の共通理解が確認され、さらに明らかにされるべき、より下位の質問事項が設定され、今後の情報収集の方針が設定されることになる。
次の第3段階、「連結化」の段階で展開されるのは、ティーム内で確認された知識を超えて、既存の形式知(もろもろの書物、文献などの形で定式化され、社会的に公認された知)を参照しながら、それらと組み合わせることによって、ティーム内の暗黙知、ティーム内の形式知をこえた、より高次の次元での形式知を獲得するという活動である。
この段階の特徴は、これまでの段階とは異なって、生徒達が自分達の内面にある知識(暗黙知)だけに依拠するのではなく、「外側にある」、社会的に権威づけられた「形式知」(既存の文献、資料などの形で存在する「形式知」の集積体)を取り入れ、それを参照しながら自分達の内面にある暗黙知に修正を施し、再構成してゆくという点である。だからこの過程は人によっては、既存文献の機械的な引き写しの過程に映ることがある。しかし学習者にとっては、既成の確定した知との接触、その取り込みは必要不可欠の過程であることは、改めて断るまでもない。
第4段階の「内面化」の局面で展開されるのは、生徒達が獲得した「形式知」が、参加者個人個人の内面へと取り込まれることによって、新たな「暗黙知」が形成・獲得される点である。すでに述べたように野中理論(同時にポランニー理論)の特徴は、「知識」を行動、コミットメント、理想、感情といったものに根ざし、状況と直接関わり合い、そこに「棲み込む」ことによって、その個人の行動の原動力となる「暗黙知」を強調している点である。つまり書物やコンピュータ・メモリー上に記憶されたり蓄積されたりする「形式知」と異なって、個人の内面に定着した「暗黙知」は、その個人が置かれた状況、その個人の主体的な個別状況のなかに「組み込まれている」がゆえに、行動の原動力となりうる性格の「知」である。いうなれば学習過程とは、こうした「形式知」の「暗黙知」へのモード転換の過程である。「形式知」はこうした個人の内面に取り込まれることによって、その場のもっている特殊状況のなかで、「暗黙知」へとモード転換することによって、個人の行動の原動力となることができる。
以上が、ウェッブサイトの作成過程に含まれる「暗黙知」と「形式知」との相互転換の過程であるが、ここであえて断っておくならば、筆者は生徒の(ばかりでなく、すべての学習者の)知識獲得過程がすべて、このようなスパイラル的展開を遂げることを、無前提で認めているのではない。野中がそうであるように、筆者もまた、人間の知識創造過程に含まれる創造的生産的局面を見落とさないよう、学習者の内面で展開される各局面の意味を明らかにしようとするのが、本来の意図である。
(ウェッブサイトのソシオ・メディア論的検討)
以上我々は、一つのウェッブサイトを作成する際、生徒達の間で展開される「暗黙知」→「形式知」→「暗黙知」というスパイラル的展開を吟味してきたが、ここで我々は第2番目の論点に議論を移さねばならない。2番目の論点とは、こうしたウェッブサイトについての「ソシオ・メディア論」的検討である(1)。ただ「ソシオ・メディア論」的検討といっても、扱うべき問題領域は広い。そこでここでは、次の論点だけに限定したい。つまり、我々がこれまで依拠してきた紙をベースとしたコミュニケーション手段と比較した時、ウェッブサイト、インターネット、デジタル情報という一連のコミュニケーション・ツールの出現は、我々の知的活動にいかなるインパクトを与えるのか、という点である。ただ、かりに問題をこのように限定しても、なおかつ検討しなければならない問題点は多い。そこで、ここで前もって筆者の論点を予告しておくならば、次のようになる。現在、進行中のコミュニケーション革命の基本的な意味は、およそいかなる者でも容易に情報発信者の地位を獲得できるようになったという一点である。さらにいうならば、紙文化、印刷文化、書籍文化、出版文化など「グーテンベルク革命」を契機に成立した一連の文化が、「集権化」を基本的な特徴としていたのに対して、現在進行中の「ポスト・グーテンベルク革命」は、「分権化」を特徴としており、こうしたマクロ状況の変化の一環として、今や教育システム内部では「教師・生徒関係の変質」が密かな形で進行しており、教育知識の選択・再構成をめぐる教師・生徒の関係変化が進行している、という点である。この点をもうすこし説明しておこう。
従来型の教育システムのもとでは、教育すべき知識内容(教育知識)を選択決定するのは、社会的に一定の権限と権威を与えられた機関に特定されてきた。つまりそこでは広い意味での「文化的集権制」が前提とされていた。教師はその過程で取捨選択、配置構成された教育知識の伝達者として登場し、生徒はそうした教育知識の受容者として位置づけられてきた(こうした関係の作り変えを目指した改革論者については、今は割愛しておく)。要するに、従来の学校では教材を集めたり、作ったりするのは、教師の仕事で、生徒とは教師の作成した教材を習得する受身の存在として前提されてきた。しかしウェッブサイト、インターネットの登場は、ここで事例として取り上げているThinkQuestが示すように、生徒を教材の作成過程に参加させる道を開き、彼等自身の目線にしたがって疑問を立て、彼等自身の目線にしたがって知識を集め、彼等自身の目線にしたがって知識を再構成し、その結果を自分自身のスキルと表現力を使って、表現する道を開いた。
これを大学に引き付けて考えてみるならば、こういうことになる。古くから「大学とは教育と研究の統一の場」といわれてきた。しかしそれは多くの場合、「教師が研究をし、その成果を学生に伝える場」という形で、「教育と研究の統一」を実行するのは教師だけの仕事で、学生はあくまでも教師の研究成果を受けとる受動的な存在とされてきた。あるいは「学生を研究に参加させ、それを通じて教育する」ことをもって、「教育と研究の統一」と理解しようとする努力がなされたが、しかし、それが可能だったのは、すでにベン・ダビッドが指摘しているように「あくまでも特定の発展段階に差し掛かった、特定の学問分野だけに可能だった」ことで、いついかなる時でも、いかなる専門分野でも可能だったわけではない(
Ben-David 1978 p.99)。ましてや大衆化の著しい現代にあっては、学生に「研究」をさせるなどということは絶望的な試みであり、「研究を通じての教育」などという目標は、今では夢物語でしかない。しかしながら、インターネットの登場は、こうした閉塞状況に陥った大学教育に、新しい可能性を暗示しているように思える。その事例はさまざまな人によって試みられているが、ここでは一例として、立花隆が試みた「サイバーユニヴァーシティの試み」(立花
1999年 『UP』1,2,3月号)を挙げておきたい。この企画のなかで立花はゼミの学生とともに「調べて書く、発信する」試みを実行している。その詳細は、立花のホームページ「Cyber University」(http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/~ctakasi/)にゆだねるが、立花が試みたのは、学生がそれぞれ分担を決め、有名無名の人々を対象に、その人の「20歳の頃」のことをインタビューしてきて、それをまとめてウェッブ上に発表するという方式である。さらにその上、こうした収集されたインタービューの結果を、共通の教材として活用し、討論の素材に利用するという方式である。立花はこれを新たな「教養教育」のやり方ともいっている。(この活動の成果は、現在では「20歳の頃」という単行本となって市販されている)。この実験のポイントは、学生自身を単に教育知識の受容者としてではなく、学習資源の発掘者、編集者、発信者として位置づけている点にある。このプロジェクトでは、学生自身が教材作成過程の主人公となり、学習資源を収集し、その成果を教材として編集し、さらにはその情報を外部に向けて発信し、共用の学習資源として活用しようとしている。しかし、インターネットの技術的特性に着目するならば、こうした教育形態、学習形態の登場は、起こるべくして起きた結果で、我々が紙ベースの印刷術に依存している限り、そうした発想さえ出てこなかっただろう。印刷文化は、情報発信権を特定の組織、集団に限定してきたが、インターネットはその障壁を取り壊した。いまや生徒自身がホームページ作成過程に参加することが可能となり、その成果が一つの学習資源として多くの人々によって活用される道が開かれようとしている。
つまり現在、我々の眼前に浮上しようとしているのは、旧来型の「文化的集権制」から「文化的分権制」へのモード転換である。我々は、インターネット、デジタル情報、ウェッブサイトの成立という技術的変化が、単に技術的変化にとどまらず、教育知識の定義づけ、その取捨選択のプロセスを変え、教師と生徒というこれまでの固定的な関係に、一つのインパクトを与え始めている事実に注目すべきであろう。こうした変化がさらに進行していった時、その先に何が姿を現してくるのか。教師対生徒という固定した役割を前提にして組み立てられた学校(制度としての学校)は、このインパクトから自由であることはできまい。かつてイリイチは「制度化された学校制度」に代わるものとして、人々の自発的な出会いを契機とした「学習のウェッブ」を想定した(イリイチ
1977)。そこでは、一方に他人に分かちあえるべき知識を持った者がおり、他方には、何がしかの知識を求めている者がおり、その両者がコンピュータに登録された情報を介して、相互に出会える学習ネットワークが想定されていた。その当時、まだ多くの人々が、その具体的なイメージを掴みかねていたが、いまやインターネットの登場のなかで、その具体的な輪郭が浮かび上がりはじめてきている。ただそれと同時に我々が見落としてならない点は、こうした「文化的分権化」が、同時に文化のカオス、文化の無秩序を引き起こす危険性を持っていることである。そのことは、この数年来、インターネットを介して行われた諸々の犯罪事件をみれば明白である。犯罪事件とまでいかなくとも、いくら情報発信が容易になったとはいえ、その反面、それほど役立つ情報が発信されているわけではないという現実を、我々は日常的に体験している。佐伯胖がいうように、インターネットの普及とともに、誰も彼もが「誰かがみてくれるかもしれない」「誰かが見てくれればそれでいい」という程度の期待感で、あてどもない「情報の海」にポツネンと自分の情報を排出(発信)するようになり、このような状況のもとで学校にインターネットが導入されると、「学校がただ巨大なデータベース共同体に飲み込まれる」危険性がある(佐伯
1997 145頁)。また、かつてベストセラー「カッコウはコンピュータに卵を産む」を書いた天文学者クリフォード・ストールは、今度は「インターネットはからっぽの洞窟」(ストール 1997 思草社)を書き、そのなかで「最近の学生諸君は、道具の使い方を習うのに時間をとられすぎて、天文学を習うひまがなくなっているようだ。だが、科学は自然環境について学ぶための学問であって、コンピュータ・プログラムを操れるようになるための学問ではない」といっている。 また無用有用の情報の乱れ飛ぶインターネットの世界をみて、それを「暴走族が道路壁面に書きつけた落書き」と酷評した人もいる。このようにインターネットを通じて流される情報は、あるいは落書きの羅列にしぎないのかもしれない。だがしかし、社会科学の基本的な立場は、落書き一つから革命が起こることがありうることを、視野に入れておくことであろう(増谷 1987)。この問題は究極のところ、インターネットというシステムを、情報の発信者(生産者)の立場からみるか、それとも情報の利用者(消費者)の立場からみるかで、立場が分かれる。情報生産者の立場から見れば、インターネットはまさに「私設印刷工場」、もしくは「私設出版社」のようなもので、これほど便利なものはない。しかし逆に情報消費者の立場からすれば、インターネットの世界は、まかり間違えば、信用性の低い情報が氾濫する場でもある。各自が「私設印刷工場」を使って、勝手に情報を発信するようになれば、信頼性の劣る情報が大量に出回ることは当然の結果であろう。その大量の情報のなかから、価値のある情報だけを抽出するのには、莫大な時間、エネルギーが必要となる。我々は情報の発信者であるとともに、その利用者でもあるわけだから、情報選択に莫大な時間とエネルギーがかかるシステムは長続きすることはできない。
この問題をめぐっては、これまでさまざまな議論がなされてきたが(たとえば、金子
1999 第1章、金子・松岡・下河辺 1998 第1章)、結局のところ、共通の目標を持つ者同士のネットワーク形成、コミュニティー形成しかない、という点に議論は収束したと見るべきであろう。有用無用の情報が無数に氾濫する空間を、目的も目標も定めず、漂い出すことは意味がない。ネットサーフィンの板子一枚下には、情報溺死がまっている。こうした環境のなかでは、なにがしかの意志を共有する者同士が、相互に「ボランタリーなコミュニティー」を形成し、それを通じてケイオティックな状況に対処してゆくしかない。その事例はすでに、デジタル教材のデータベース化、リンク集の作成、メーリング・リストを使っての相互情報交換などの形で実際に始まっている(金子 1999)。(コピーレフトのインパクト)
しかし、インターネットの世界には、上記のような「情報スクリーニング問題」よりも、もっと重要で興味深いテーマが含まれている。それは、他人から何がしかの対価を徴収して、それと引き換えに何がしかの知識・技術を教えるという制度が、将来どうなるのかというテーマである。インターネット、デジタル情報システムの基本部分はこれまで、フリーウェア、オープンソースの事例が示すように、無償性、相互扶助、互酬制をもとに発展してきた。つまり、各人が自分の開発・考案した知識・技術について知的所有権を主張したら、全体的な発展が阻害される、いちいち料金を徴収しようにも、かえってその管理費、徴収経費の方が高くなってしまうなどの理由で、いうなればコマーシャリズムを越えた価値観に支えられながら発展してきた。つまり、現代社会の価値観の主流が、何人といえども他人の著作権を侵害してはならず、著作物の使用に関しては、それ相当の対価を支払わねばならないとする対価主義を前提にしているのに対して、インターネットの世界では、それとは逆の発想、つまり「コピーライト」の逆概念である「コピーレフト」(コピーライト=著作権保護とは逆の考え方。つまりライトではなくレフト。詳細は 公文 1996 40頁)の発想をもとに発展してきた。
その理由は、このシステムの発案者、利用者、受益者の多くが、大学人だったという事実に多く起因しているのであろう。中山茂はこの点に着目して、「大学が久しぶりに生み出した新しいパラダイム」と形容した(
1999年6月の日本高等教育学会での発言)。つまり、もともと大学人は、新発見を直ちに(対価の請求・支払いといった手続き抜きで)同僚仲間に伝達し、第一発見者としての地位を確定し、その知識を知的共有財産として相互に利用し合う、という行動基準にもとづいて行動してきた。それは「コピーレフト」の発想と異なるところがない。しかしそれではどうして大学人は、研究開発に要したコスト回収を前提に商品価格を設定する企業とは異なって、著作権を放棄し、自分の知的成果を無償で提供できたのであろうか。それは要するに、大学人が大学からすでに俸給を得ているという単純な事実の上に成り立っているにすぎない。いいかえるならば、他人から対価を徴収するのと引き換えに知識・技術・資格を提供するという「制度化された学校」があって、それに依存(もしくは寄生)する形で「コピーレフト」が成り立っているにすぎない。対価主義を前提とした制度化された学校制度そのものが消滅したら、「コピーレフト」もまた成り立たなくなってしまう。
つまり、「コピーレフト」は、対価主義、コマーシャリズムが世の中の主流でいる限り、それに対抗するカウンターカルチュアとして(場合によってはゲリラ的行為として)、成り立つことができる。しかし「コピーレフト」が標的とする、当の対価主義、コマーシャリズムが消滅してしまったら、自分自身もまた成り立たなくなってしまう。つまりそれは所詮、部分文化、アングラ文化としてしか存在できない。それでは「コピーレフト」はあくまでも「コピーライト」の寄生植物にすぎず、それ自体としては成り立つことのできない、まともに考慮するに値しない存在なのであろうか。
この問題は長期的な視野から見直してみる必要がある。我々の知的活動の初期段階まで立ち戻ってみてみるならば、別の光景が見えてくる。人類の知的活動とは、共同生活をより便利なものにする工夫から始まった。そこでは知的産物とはもともと共同体の共有資産であって、誰か特定の個人に帰属する性格のものではなかった。もともと我々の知的活動それ自体が、「他人とともに暮らすための知恵」として出発したのであり、その意味で共同体こそが我々の知的活動の源泉であった。共同体のなかで生まれ、共同体のなかで育てられたがゆえに、そこから生じる知的成果は、すべて共同体に対して広く開放され、共同体のよって共有されていた。特定の知的成果に対して個人の知的所有権を定め、対価の支払いなしに、その利用を禁じる「コピーライト」という仕組みは、長い人類の知的活動のなかでは、ごく最近成立した仕組みでしかない。たぶんそれは、印刷術の成立、書物市場の形成に基盤があったのであろうし、それ以上に大きかったのは、大学という制度の発生と増殖にあった。制度としての大学が、業績を通じての昇進制度を成立させ、出版物をベースにした就職制度を採用することによって、ここに「大学アカデミズム」が成立し、著作権制度もまた強化された。つまり、「大学アカデミズム」と「コピーライト」とはともに手を携えつつ成長してきた双子だったのである。
ところがその当の「大学アカデミズム」が、今やインターネットという仕組みを開発し、そのなかから「フリーウエア」、「コピーレフト」という、「大学アカデミズム」がこれまで依拠してきた価値観とは、まったく逆の価値観を生み出した。いいかえれば今や「大学アカデミズム」は、自らの存在基盤を揺るがしかねない「鬼子」を呼び出してしまったのである。教育サービスに対する対価支払いを前提に成立している「制度としての学校」と、知的成果を万人共有の資産として広く開放してゆく「コピーレフト」とでは、価値ベクトルが逆方向である(制度としての大学に限界を感じた人々が、展開しているさまざまな私塾を想起する必要があろう)。一つ一つの論文に著者を定め、その累積加算によって職を得たり、昇進を獲得したりする「大学アカデミズム」と、役に立つ知識なら誰でも自由に使って結構という形で、ホームページ上にデジタル情報として開放してゆくインターネットの世界では、価値観が異なっている。このあい対立する価値観は、今後どのような経路をたどって均衡解に到るのであろうか。あるいはそれは解のない問題として、今後も存在し続けるのであろうか。
このように、現時点ではインターネットが作り出す世界の内と外とでは、価値観上の亀裂、不連続が存在している。しかしこれは単にインターネット上でのコスト負担をどう処理するかという問題にとどまらない。インターネット上の決済問題ならば、マイクロ・ペイメント(赤木
1999 204-213頁。つまり、ソフト利用者がそのソフトを利用するたびに小額のコストを簡単に支払う方式)、シェアウエア、変わったところでは「投げ銭方式」(投げ銭システム推進準備委員会のホームページ参照 http://www.shohyo.co.jp/nagesen/)にいたるまで、さまざまな解決方法が考えられる。ところが問題なのは「制度化された学校」の存在基盤である。コピーライトを基盤として発展してきた大学は、インターネットという新たな世界を切り開くことによって、いまやその鬼子ともいうべき「コピーレフト」を生み出した。これは「制度としての学校」のコスト負担問題にインパクトを与えないで済むとは思えない。インターネット上でのコスト決済方式がいかに展開してゆくかは、他人から対価を徴収するのと引き換えに知識・技術・資格を与えることによって成立している「制度としての学校」に、大きなインパクトを与えることになるであろう。我々にとってきわめてエキサイティングな課題が、今や登場し始めているのである(2)。
注
引用・参考文献
赤木昭夫
1999 『インターネット・ビジネス論』 岩波書店Ben-David
、Joseph 1977 『Centers of Learning』 McGraw-Hillシャルティエ、ロジェ、松浦義弘訳 1994 『フランス革命の文化的起源』 岩波書店
ギボンズ、マイケル編著、小林信一監訳
1997 『現代社会と知の創造』 丸善イリッチ 東洋・小沢周三訳 1977、 『脱学校の社会』 東京創元社
古瀬幸広・廣瀬克哉 1996 『インターネットが変える世界』 岩波書店。
金子郁容・松岡正剛・下河辺淳 1998 『ボランタリー経済の誕生』 実業之日本社
金子郁容 1999 『コミュニティ・ソリューション』 岩波書店
公文俊平 1996『ネティズンの時代』 NTT出版
水越伸 1999 『デジタル・メディア社会』 岩波書店
野中郁次郎・竹内弘高、梅本勝博訳 1996 『知識創造企業』 東洋経済新報社
野中郁次郎 1999 『ネットワーク・ビジネスの研究』 日経BP企画
増谷英樹 1987 ビラのなかの革命 東京大学出版会
リースマン、デイヴィッド 加藤秀俊訳 1964 『孤独なる群集』 みすず書房
佐伯胖 1997 『新・コンピュータと教育』 岩波書店
ストール、クリフォード 倉骨彰訳 1997 『インターネットはからっぽの洞窟』思草社
立花隆 1999 「サイバーユニヴァーシティの試み(上、中、下)」『
UP』1月号、2月号、3月号 東京大学出版会