教育研究の現実的課題をめぐって
――教育学研究連絡委員会の活動からーー
教育学という学問分野は、目の前で生じるさまざまな教育上の諸問題を組織的、科学的、学問的に吟味検討し、それらの問題が発生する原因をたどり、何がしかの解決方法を提案する知的な営みとして出発した。つまりそこには出発当初から、優れて実践的な指向性を持つとともに、改造主義的志向によって動機づけられていた。これまで我々の社会は、常になんらかの教育問題に直面してきたが、教育学に対しては、それらの現象が発生するメカニズムを解明し、その原因を除去するための方策を提言するという学問的・社会的責任が課せられてきた。
最近の新聞紙上をみても、教育問題が取り上げられていない日はない。その一つ一つが深刻な問題であり、関係者はなぜそのような現象が発生するのか、その背景を知るとともに、一刻も早い解決を求めている。こうした状況に対して、教育学を専門とする研究者はいかなる対応をすべきかは、避け難い課題である。教育学研究連絡委員会では、こうした状況を受けて、1998年から「教育研究の現実的課題」というテーマを設定し、教育学研連に所属する諸学会の協力のもとに、検討会を開始することとなった。この検討会開催の呼び掛けとして、筆者は同研連委員長の立場で、次のような提案を行った。
「我々の社会ではつねにさまざまな教育問題が発生しております。これらの問題が発生する背景・根拠を明らかにし、それらに対するなんらかの対応策を提案することは、我々教育研究者に課せられた社会的責任であります。我々専門研究者の発言は、学問的、科学的、理論的に十分根拠づけられていることが求められます。それと同時に、専門以外の人々でも容易に理解でき、納得できるものであることが必要です。その理由は、これらの諸問題は我々教育研究者内部だけで解決できるものではもうとうもなく、両親、教師、教育行政担当者をはじめ、広い範囲の関係者との協力関係のもとにはじめて解決に導くことができるからであります。そこで教育科学を構成する各分野が、現時点において、こうした社会的責任をどの程度果たしえているのか、またその責任を果たすための努力を払ってきているのか、もし十分責任が果たしえていないとしたら、その原因はどこにあるのか、そうした原因を克服するためには、今後いかなる努力が払われる必要性があるのか、こうした点をめぐっての吟味が必要と思います。」
これまで教育学の分野では、その内部に数多くの下位領域が設定され、多くの研究分野が形成されてきた。その結果、現在では教育学研連に登録する学会数が60を超えるような事態にまでたちいたっている。このように研究領域の専門分化は進行してきたが、その反面では現実の教育問題に対して有効な提言を形成しようとする努力がどのような形でなされているのか、相互に吟味検討する必要性が出現してきている。そこで教育学研連では研連構成学会に呼びかけ、上記のような主旨の検討会を開催することにした。
まず第一回目には日本教育心理学会、日本教育社会学会の2学会を選び、それぞれの研究分野で、理論的基礎的研究と問題解決型研究とがどのような関係で展開されているのかについて話題提供を求め、それをめぐってフロアを含めた討論を行った。また第二回目には日本教育学会と日本教育経営学会に依頼して、同様の検討会を開催した。第3回目は1999年2月を予定している。この問題は教育研究のあり方にかかわる根深い問題を抱えており、正式な報告は後日に譲り、今回はごく仮の経過報告にとどめておきたい。
これまでの討論を通じて浮上してきた問題点は、いずれの学会でも、こうした実践的な問題解決型研究を推進しようとする機運があることは事実であるが、その反面、それらが十分に促進されない、それなりの環境があることが指摘された。とくに問題なのは、実践的問題解決型の研究の場合、その成果をいかなる観点から評価するかという基準について、いまだ十分な共通理解が作られておらず、具体的には学会誌への投稿論文を審査する場合など(更には採用人事、昇任人事)、審査委員間の合意を形成することが困難だという問題が提起された。そのため、学会によっては、もともと理論的基礎的な研究と同一の基準を適用させることが困難であることを前提として、こうした実践的問題解決型の研究はそれとして別の基準で審査する方式をとっている事例が紹介された。
もともと教育研究での最大の難点は、因果関係がきわめ特定しにくく、しかもある問題状況にある対応策をもって対処したとしても、その効果が発揮されるまでには長い年月がかかり、その間には当初前提としていた環境条件が変わってしまうということが多くある。そのため研究者が実践的問題解決型の研究に取り組んでも、その成果を客観的な形で示すことが困難なことが多く、そのことがこういうタイプの研究へのインセンティブを低下させてきた面が大きい。
とくに問題は研究後継者である大学院生を養成・訓練する場合、指導教員としては就職面での確実性、有利を考慮すると、すでに評価基準が定まっている理論的基礎的分野での研究を奨励する方向に傾きがちである。またそうした傾向が今度は原因となって、実践的問題解決型の研究が促進されない、という悪循環がみられる。今後の課題としては、こうした悪循環を脱し、実践的、問題解決型の研究を促進するための方法を探ることであろう。教育学研連としては今後もこのテーマのもとに検討会を続けてゆく計画である。
潮木守一(うしおぎ
もりかず 1934年生)日本学術会議会員(第一部)
教育学研究連絡委員会 委員長名古屋大学名誉教授
武蔵野女子大学現代社会学部長 教育学博士