「学校も変らなければーー地域社会の人材をキャリア・カウンセラーとして登用する試み」
「企業と人材」、2001年7月20日号
武蔵野女子大学は長年、文学部と短大だけでやってきた。これは本学に限られたことではなく、日本の女子大学の多くが、文学部か家政学部か短大しかもっていなかった。もともと日本の大学生は、男女間で学部選択に大きな違いがある。男子は法学部、経済学部、工学部、医学部、これに対して女子は、文学部、家政学部。こうした男女格差は欧米ではみられない、日本特異の傾向だった。
なぜこのような学部選択の相違が生じるかは、とりたてて説明するまでもなかろう。女子はいずれ結婚、出産を契機に家庭に引きこもるもの。かりに就職しても、それはあくまでも結婚までのかりそめの社会勉強。採用する側も、女子の能力アップ、キャリア・アップには関心を持っていなかった。それは当然のことで、いくら費用をかけて訓練しても、ようやく使える頃には寿(ことぶき)退社が待っているとなれば、企業も女子社員の訓練に、それほど真剣にはならなかった。採用される女子の方も、あまり長く勤めていると邪魔にされる、陰口をきかれることが分かっていたから、どんどん機会をつかんでは、進んで若年退職をしていった。採用する側も採用される側も、暗黙のうちにこうした社会ルールを前提に、万事がうまく回転していった。
ところが、こうした女子教育のありかた、雇用慣行のありかたに、「ノー」を唱える若い女性軍が登場し始めた。彼女等は文学部を忌避し、家政学部を忌避し、短大を忌避し始めた。企業に入ってからは、男性と対等の処遇を求め、「職場の花」で終わることをいさぎよしとしなくなった。それに代わって彼女等が求めたのは、社会科学系の学部への進学であり、男子社員の補助役ではなく一人前の社員としてのポストであった。1967年当時、女子大生の47%が人文系の学部に所属していたが、1996年になるとそれは32%に低下した。それとは逆に急増したのが、社会科学系学部への進学で、1967年の6%から1996年には27%にまで急増した。
こうした女子受験生の動向は、女子大受験生の激減となって現れた。なかでも文学部、家政学部、短大への受験生が大幅に減少した。こうした事態を前にして、多くの女子大は何らかの転身を図らなければならなくなった。このことは武蔵野女子大学でも同様であった。
武蔵野女子大学で新学部創設の話が持ち上がったのは、平成8年頃のことである。年々受験生の減ってゆく短大、文学部を目前にして、新学部創設でもって、時代の変化に対応せざるをえなくなった。それではどういう学部を作るか。これまでの経緯、現状から考えれば、理工系の学部を作ることはできない。何かの社会科学系の学部を作ることになるが、いかなる学部にしたらよいのか。
こうした試行錯誤のなかから登場したのが、「現代社会学部」という構想である。つまり法学部、経済学部、経営学部、商学部といった学部では、さまざまな規制があってあまり新しい要素を盛り込むことができない。どうせやるなら、既成の学部にはできない、新しい教育を盛り込める学部にしたいということで、「現代社会学部」が選ばれた。
なぜ「現代社会学部」としたのか。その理由の第一は、これからは生涯学習の時代である。20歳台に学んだ知識で、生涯を生き抜くことはできない。誰しも時代の変化に合わせて、自分で学習を続けていかなければならない。そうだとしたら、法学、経済学、経営学といった既成の分野のどこかに特化するのではなく、学部時代に必要なことは、その基礎を習得することである。それに卒業生の就職先を考えても、卒業後、どのような職種、業種に就職することになるのか、事前には予測できない。それであれば、どこかの専門に集中特化するのではなく、学部時代はそれらの基礎を学ぶ時期とする。そしてそのかわりに、これからの時代には絶対に欠かせない情報教育、話し聞く英語を重視する。このようにして、現代社会学部は(1)社会科学の基礎、(2)情報教育、(3)話し聞き取る英語、という3本柱をもったカリキュラムで出発することとなった。
「現代社会学部」とは「現代社会学」の学部ではない。「現代社会」の学部である。だから本学部では、少子高齢化社会、情報化社会、大量消費社会、循環型社会、グローバリゼイションなど、我々の身の回りに転がっている現代的なテーマを積極的に教材に取り上げる。これらのテーマをある時は法学の角度から、あるときは経済学の角度から、ある時は価値観やライフスタイルの変化といった角度から、俯瞰的にとりあげる。だから教授陣には、法学、政治学、経済学、社会学、マスコミュニケーション論、文化人類学など、さまざまな分野の教授陣を配置した。
このように出発した新学部であるが、最大の悩みは、どうやって卒業生を売り込むかという問題である。まだ卒業生がいないので、就職指導をどうしたらよいのか、どうやって就職情報を収集するか、こういう点のノウハウがまったくない。新設学部の評判は、第1回目の卒業生の就職先できまるとされている。これは紛れもない事実で、訪問先で高校の進路指導の先生方に、新設学部の特徴、重点をこちらが力説すればするほど、先生方は、まずは第一回目の卒業生がどういうところに就職するのか、それを見ないことには、生徒には推薦できないとおっしゃる。これは進路指導担当としては、きわめて妥当適切な対応で、今ほど「新設学部・学科」の増えた時代には、ただうわべだけの新しいだけでは、誰も飛びつかない。
それではこの隘路をどうやって打開するか。どうやって就職指導の面でも、新設学部の特色を発揮するか。こうした問題関心から始まったのが、「キャリア・カウンセラー」の投入である。つまりついこの前まで、企業の第1線で活躍していた方々を「キャリア・カウンセラー」として採用し、「企業が求める人材とはどのような人材か」「企業社会のなかで働くこととは、具体的にどのようなことなのか」「この業種は今どういう方向に動いているのか」からはじまって、「自分の適性をいかに発見するか」「企業面接ではどのようなことが聞かれるのか」にいたるまで、ご自身の具体的な体験をもとに、学生を指導してもらうこととした。
この「キャリア・カウンセラー」のアイディアは、小生の長年の知人が長年温めてきたアイディアである。長年、就職情報産業の中核で活躍してきたその友人に、この現代社会学部の就職対策、就職指導をどうしたらよいのか、相談を持ちかけたところ、「キャリア・カウンセラー」の採用・導入をアドバイスしてくれた。その知人にいわせれば、本学は極めて有利な立地条件を備えており、大学の周辺には、つい最近まで企業の第一線で採用人事、新入社員の研修に当たってきた人材が、多数眠っている。今は定年退職して自宅にいるが、まだまだ余力を残している人々がいくらでもいる。こういう人材の協力を頼まない手はないという。
そういう提案を受けて、新聞の折り込み広告で「今までの経験、ノウハウを女子学生のために活かしてください」と呼びかけたところ、多数の応募があった。こちらの予定では定員は7名だったが、それに対して20倍に近い応募があった。どなたの経歴をみても、赫々たる経歴の持ち主ばかり。7名に絞り込むのは、忍び難かったが、こちらにも予算の限度がある。泣く泣く定員まで絞り込んだ。企業を定年退職したばかりの60歳代前半の男性あり、出産・育児のために、一時家庭に戻った30歳代、40歳代の女性あり、その背景はさまざまだが、どなたも「ぜひとも今の若い世代に、自分の体験、経験を生のまま伝えたい」という気迫に満ちた方々ばかり。このほど貴重な人材が大学周辺に眠っていたのかと、改めて驚かされた。
我々の期待は、こうした企業社会の先輩方に、自分の経験を学生に直接伝授して頂くことである。ただスタートする時、学生諸君にはっきり断っておいたことは「このカウンセラーの方々は、決してあなた達のために就職先の斡旋をしてくれる人ではない」という点である。だいたい他人に世話をして貰った就職先など、三日ももたない。就職先はあくまでも自分の実力で開拓するもの。その実力に磨きをかける手助けをしてくれるのが「キャリア・カウンセラー」の方々である。キャリア・カウンセラーの方々には、びしびし指導していただく事を頼んだが、皆さん、実に親身になって手を取り、足を取って指導してくださった。
本年2月、就職戦線の幕開けとともに、第1期生は就職戦線に飛び出していった。就職戦線開幕の直前には、カウンセラーの方々に「模擬企業面接」を実施していただいた。リクルート・スーツの選び方も指導して貰った。筆者もその場面を実際に見学させてもらったが、筆者のような老人男性にはとうてい気づかないところまで、きめ細かい指導をして下さるのには、思わず頭が下がった。つい先日まで企業社会にいて、新入社員の選考、面接、新人研修にタッチしてきた人でなければ、とうていできない指導である。
学生諸君も、こういう先輩企業人の指導を受けたことが自信につながったことであろう。それぞれ、自信に満ちた顔つきで企業面接に出かけていった。今まさにこの新機軸の成果がどうのようになって現れるか、待っているところだが、6月初頭までの集計結果では、健闘の跡、著しいものがある。目下、一部上場企業へ内定という情報が、相次いで飛び込んでくる。いずれ成果は公表する予定であるが、我々の狙いはどうやら的中したらしい。世間では「女子大」というと、無風地帯と考えがちだが、そうではない、時代の変化のなかで、否が応でも変身を遂げざるをえない。これが時代の変化に対する、我々のささやかな発信である。